(以前に公開して,その後データの誤認があったことが判ったため,一度取り消したポストですが,ときおり,その件についての「お詫びと訂正」というポストを閲覧して下さる方がいらっしゃるため,使用したデータを再度確認し,内容を正しいデータに基づいて書き換えたものです.)
先月,3月29日の土曜日,用事があって東京へ出かけたのですが,乗車した東急田園都市線の青葉台駅の電光掲示板を見て驚きました.中央線の新宿駅と埼京線板橋,十条間で発生した人身事故により両路線において運転が見合わされているというのです.土曜日の朝の時間帯にしかも首都圏で二件もの人身事故が起きたのかと,唖然としながらしばし目が流れる文字から離れませんでした.果たしてそれらが自らの命を絶つためのものだったのか,偶発的な事故だったのかは判りませんが,仮に前者だったとしたら痛ましい限りです.ご本人が経験された苦しみ,そしてご家族およびお身内の方々のご心情や置かれた境遇のお辛さは察して余りあります.
毎年,3万人以上の方が自らの命を絶っているという日本.OECDの"Society at a Glance 2014"の自殺に関する章(Suicide, pp126f)には,統計上,全体的には経済状況と自殺の件数との間に相関関係は見られないとありますが,日本に限って言うならばそれは十分に見られると思います.(下図は,同報告書のp127に掲載されているもの.)
Figure 6.7 The economic crisis does not appear to have led to a sharp change in overall suicide rates
これを見る限り,日本の自殺の数はバブル景気の崩壊後の1994年頃から徐々に増加を始め,多量の負債を抱えた大手金融機関の破綻などが相次いだ1997年からアジア通貨危機が発生した1998年にかけて急激に増加したことが判ります.なお,韓国も同様のパターンを示しているようです.*1)
話を先に進める前に,同じページに掲載されているOECD各国の自殺の件数比較もご紹介しておきます.(下図)
Figure 6.6 Ten-fold difference between countries with highest and lowest suicide rates
下のグラフは,やはり内閣府が公表している警察庁の自殺統計に基づいた自殺者数の推移ですが,1998年以降は全体で3万人台前半を維持しています.ただ,2009年以降,女性のほうは横ばいですが,男性の自殺者は僅かながら減少しているようです.
さて,標題に「ドイツ,スイスとの比較から」と記しているので,ここからその点について少し書かせていただくことにします.なお,自殺者数においてはOECDメンバー中7位のフランスについては,自殺手段についての詳しい統計が存在していないのか,鉄道自殺の自殺全体に占める割合は確認することはできませんでした.*2)
なお,複数の国の鉄道自殺の発生頻度を比較すると言っても,正確に行うとしたら国毎に異なる様々な条件(例えば,国土面積,人口,鉄道の総延長,しかもそれをVollbahnと呼ばれる標準軌の専用軌道のみに限るのか,それとも狭軌や市電,さらにアプト式の登山鉄道や保存鉄道なども含めるのか等々)を考慮しなければなりませんが,それらすべてを同じ条件に統一するとなるとたいへんな時間と労力が必要になります.そのため,下にご紹介する比較は,ドイツ,スイスとも鉄道網の整備状況や列車の運行頻度等はほぼ日本と同程度と仮定して行っています.*3)
まず,自殺の手段として鉄道が用いられる割合ですが,少なくともドイツ,スイスと比較した場合,大きな違いが見られます.つまり,これらの国における自殺の手段として,やはり縊死が多く用いられているのですが,日本と比較すると鉄道自殺の比率が比較的高いのです.
例えば,ドイツの場合ですが,2014年9月10日の世界自殺防止デーに際してWorld Pressが公表したドイツにおける自殺の現状に関するリポートを見ると,2011年の統計では,自殺の手段として男性が最も多く用いたのが縊死(3,861件),次いで銃器(718件),薬物(708件),飛び降り(609件)の順で鉄道自殺(567件)は5位でした.鉄道自殺といっても,統計上"移動物体”(によるもの)(bewegendes Objekt)という分類であり,自動車など鉄道以外のものも含まれるので正確なところは判りません.そして,女性の場合は,第1位がやはり縊死(803件),次いで薬物(702件),飛び降り(308件),鉄道自殺(移動物体)(185件),入水(145件)の順で,飛び込みは4位です.
パーセンテージに直すと,ドイツにおける2011年の男性の自殺者数は7,646名とありますから,ドイツにおける鉄道を含む移動物体による自殺の比率は男性自殺者全体の7.4%,そして,総自殺者数が2,498名の女性についてもやはり7.4%となります.ただ,上述の理由によりこれより低い可能性もあります.なお,wikipediaの鉄道自殺(Schienensuizid)によると,ドイツにおける鉄道自殺の全自殺件数における比率は,1991年から2000年までの間は7%前後だったと記されています.また,同じ項目のページに記載されている2012年の標準軌道における鉄道自殺の総数は,872件でした.*4) なお,ドイツは,上掲のリポートにあるように,先進国の中でも自殺者数を大幅に減少させることに成功した国のひとつであるということを付け加えておきたいと思います.*5)
次に,スイスの場合ですが,政府系機関のスイス自殺予防イニシアティブが運営しているサイトが提供しているデータ(1995年から2004年までの合算)によると,男性においては,1位が銃器(35.2%),次いで縊死(27.1%),毒物服用(11.6%),飛び降り(8.4%),鉄道自殺(überfahrenlassen durch Zug)(6.0%)の順となっています.女性については,1位が毒物服用(33.4%),次いで縊死(19.5%),飛び降り(15.0%),銃器(4.4%),鉄道自殺(4.2%)*6)の順です.
つまり,少なくともこれら二つの国と日本を比較した場合,自殺の手段としての鉄道が利用される比率は,ドイツは男女共に7.4%(若しくはそれ以下),スイスについては男性が6%,女性が4.2%と,日本の男性2%,女性2.9%よりはるかに高いのです.
ところで,このように見てきてふと思ったのは,日本を含め比較対象としたいずれの国においても最も多かった縊死と鉄道自殺の間には質的な違いがあるのではないだろうかということでした.つまり,前者やガス自殺,あるいは服毒自殺が,どちらかというと自殺の瞬間が人の目につきにくい場における私的な自殺(Privater Suizid)と呼べるのに対し,後者や飛び降り自殺などは,駅のホームや住宅地付近に設置された踏切,そして学校の校舎の屋上など,不特定多数の人たちに目撃される場合も十分あり得る自殺であり,その意味で社会的,あるいは公的な自殺(öffentlicher Suizid)と呼ぶことができる方法といえます.*7)
そこで,フランスのニュースで目を引かれたものがありました.ひとつは,Le Mondeの電子版2012年5月9日付の記事Que peut faire la SNCF pour éviter les suicides sur les rails ?,もうひとつは,同じくLe Pointに掲載された2012年5月29日付Suicides sous les trains: reflet de la crise et protestation inconscientです.Le Mondeの記事には2010年,ヨーロッパにおいて2,750名の方が鉄道で自らの命を絶ったと書かれてありましたが,記事の最後に,当時社会問題となっていた鉄道自殺の増加に関して,元自殺予防ユニオン(UNPS)会長で現在,サンテチエンヌ大学病院法医学部長ミシェル・ドゥブ氏(Pr. Michel Debout)のコメントが紹介されていて,それによると鉄道自殺は経済状況の悪化の影響を受けて死を選ばざるを得なかった人が,無意識の場合も含めて,自らをそうした境遇に追い込んだ社会に対する抗議を社会全体に示す手段と考えられるそうです.Le Pointには,ドゥブ氏へのインタビューが掲載されていて,同様の内容がさらに詳しく述べられています.
ドゥブ氏の見解が仮に日本にも当てはまるとした場合,少なくともドイツやスイスに比べて,最近の鉄道自殺の比率はかなり低いので,無意識による選択であったとしても,社会に対する反発や怒りを示す行為として公の場で自らの命を絶つという傾向は日本人においてはそれほど見られないと言えるでしょう.それでも,内閣府の2010年(平成22年)における年齢別の自殺手段の統計によると,年齢別では19歳以下の場合,鉄道自殺が男性においては8.2%,女性においては8.6%と,他の年齢層に比較して圧倒的に高く,首つり,飛び降りに次いで3位となっています.つまり,私たちが交通情報で耳にしたり駅の電光掲示板などで目にする人身事故という言葉が正確には自殺を意味していた場合,亡くなった方が,絶対数は少ないにせよ未成年者である場合もあるということです.全くやりきれなくなります.自殺の手段として鉄道を選ぶのは,ドイツ等でも年配者より若者に多いそうです.*8)
また,時代による推移を辿ってみると,日本の場合,すでに見たように鉄道自殺が比較的高い比率を占めていた時期もありました.統計に新たな項目として加えられた1958年(男性:10.1%;女性:8.4%)です.さらに,興味深いことに,男女共にそれまで鉄道自殺より比率的に少なかった飛び降り自殺が,1978年以降,やはり男女共に逆に鉄道自殺より高い比率で推移しています.
詳しいデータが手元にないため,軽率なことは言えませんが,1958年,そして1978年,どちらも社会が大きく揺れた時期でした.特に1958年は安保闘争が始まる頃であり,改定条約が調印された1960年も鉄道自殺は10%と高い比率を示しました.また,1978年は成田空港が開港された年でしたが,直前に過激派による管制室占拠事件が発生しています.
前述のドゥブ氏の見解をもとに,これらの事件と鉄道自殺の件数の多さを単純に結びつけることはできませんが,少なくとも当時は,人々が社会,特に政府に対する強い反発や憤りを,今日と比較して,手段の是非はともかく,いわば直接的に表すことができた,そのため,社会に対する反発や憤りを示す手段としての鉄道自殺が選ばれるケースも多かった,そのように考えられないこともないかも知れません.
それでも,もし鉄道自殺をする人が,それを社会に対する報復の手段として選択したとしたら(自分を虐待してきたクラスメートの目の前で,校舎から飛び降りて自らの命を絶つ生徒のように),新宿を経て皇居の北を迂回して東京に至る,つまり首都の中枢部を縦断する中央線における自殺件数が最も多い理由も何となく理解出来るような気もするのです.*9)
*1) 自殺対策支援センターも詳しいデータを提供しています.
*2) 同省のサイトのEtats des lieux du suicide en Franceによると,全体で最も多い自殺の手段は首つり(52.5%),次いで薬物服用(15.3%;女性では29.9%),銃器(13.3%;男性では17.3%),飛び降り(5.9%)となっていて,鉄道自殺,またはそれを含むと思われるものは記載されていません.(2013年7月4日現在)
*3) 参考迄にスイス国営放送SFのサイトのWie lang ist das Schienennetz der Schweiz?によるとすべての鉄道(路面電車,アプト式,ケーブルカーなども含む)の総延長は5,630 kmだそうです.また,wikipediaのSchienenverkehr in der Schweizによると,2010年現在のスイスの鉄道の総延長は5,251 kmとあります.そのうち標準軌間の軌道は3,846 kmだそうです.
また,ドイツの連邦統計局が公表しているデータによると2011年現在のドイツの鉄道の総延長は 33,708 kmとありますが,標準軌路線のみの長さかもしれません.
*4) World Pressのリポートの移動物体による自殺者の男女合わせた数(719)よりも何故か多いようです.
*5) 本ブログのポスト『自殺 他国と日本(その3)』をご参照ください.
*6) スイス連邦統計局が公開している1995年から2011までの自殺手段の推移によると,例えば,男性の自殺に限った場合,2005年以降は首つりが最も多い自殺の手段となっています.ただ,この統計には,服毒,首つり,銃器,その他の4つの項目しか掲載されていないため,全体に占める鉄道自殺の比率は判りません.
なお,スイス連邦鉄道における自殺の問題については,Blickの2014年3月4日付SBB wollen Selbstmorde verhindernを参照ください.この記事によるとスイスでも毎月平均で15件の鉄道自殺が発生しているようです.そして,日本でも同様だと思いますが,鉄道自殺に遭遇した運転手は,精神的なショックを受けており事故後の安全な運転に支障が及ぶ恐れがあるため,別の運転手に交代させられるそうです.
*7) ミュンヒェンのルートヴィヒ・マキシミリアン大学に提出された人間生物学の博士論文において用いられている区別を参考にしました.(p59)
*8) Wikipediaの「鉄道自殺」(Schienensuizid)の項参照
*9) 有料ですが,「回答する記者団』というサイトに鉄道自殺に関するかなり詳しいデータが紹介されています.
先月,3月29日の土曜日,用事があって東京へ出かけたのですが,乗車した東急田園都市線の青葉台駅の電光掲示板を見て驚きました.中央線の新宿駅と埼京線板橋,十条間で発生した人身事故により両路線において運転が見合わされているというのです.土曜日の朝の時間帯にしかも首都圏で二件もの人身事故が起きたのかと,唖然としながらしばし目が流れる文字から離れませんでした.果たしてそれらが自らの命を絶つためのものだったのか,偶発的な事故だったのかは判りませんが,仮に前者だったとしたら痛ましい限りです.ご本人が経験された苦しみ,そしてご家族およびお身内の方々のご心情や置かれた境遇のお辛さは察して余りあります.
毎年,3万人以上の方が自らの命を絶っているという日本.OECDの"Society at a Glance 2014"の自殺に関する章(Suicide, pp126f)には,統計上,全体的には経済状況と自殺の件数との間に相関関係は見られないとありますが,日本に限って言うならばそれは十分に見られると思います.(下図は,同報告書のp127に掲載されているもの.)
Figure 6.7 The economic crisis does not appear to have led to a sharp change in overall suicide rates
Trends in age-standardised suicide
mortality rate per 100 000 persons, selected OECD countries, 1990-2011
Source:
OECD
Health Statistics 2013, (http://dx.doi.org/10.1787/health-data-en).
話を先に進める前に,同じページに掲載されているOECD各国の自殺の件数比較もご紹介しておきます.(下図)
Figure 6.6 Ten-fold difference between countries with highest and lowest suicide rates
Age-standardised suicide mortality rate
per 100 000 persons, 2011 or nearest year
Source:
OECD Health Statistics
2013, (http://dx.doi.org/10.1787/health-data-en).
こちらのグラフは,各国の10万人あたりの自殺による死亡数を示していますが,日本はOECDのメンバーの中で三番目に高い数値を示しています.
ここから本題に入りますが,鉄道ファンの一人として,愛する鉄道が自らの命を絶たなければならない状況に立たされた方が目的を遂げる手段として用いられていることは,たいへん残念なことと感じています.
下のグラフは,内閣府が公表している自殺の手段の割合ですが,これを見ると鉄道自殺(飛び込み)は,統計の項目に加えられた1958年(10.1%)から1967年(9.8%)にかけて,1964年の10.2%をピークとして高い割合を維持しますが,その後は減少を続け,2009年において男性は2%,女性は2.9%とすべての自殺の手段においてほぼ最低の割合となっています.
[第1-34図]手段別の自殺者数の構成割合
下のグラフは,やはり内閣府が公表している警察庁の自殺統計に基づいた自殺者数の推移ですが,1998年以降は全体で3万人台前半を維持しています.ただ,2009年以降,女性のほうは横ばいですが,男性の自殺者は僅かながら減少しているようです.
1997 | 24,391 |
1998 | 32,863 |
1999 | 33,048 |
2000 | 31,957 |
2001 | 31,042 |
2002 | 32,143 |
2003 | 34,427 |
2004 | 32,325 |
2005 | 32,552 |
2006 | 32,155 |
2007 | 33,093 |
2008 | 32,249 |
2009 | 32,845 |
2010 | 31,690 |
2011 | 30,651 |
さて,標題に「ドイツ,スイスとの比較から」と記しているので,ここからその点について少し書かせていただくことにします.なお,自殺者数においてはOECDメンバー中7位のフランスについては,自殺手段についての詳しい統計が存在していないのか,鉄道自殺の自殺全体に占める割合は確認することはできませんでした.*2)
なお,複数の国の鉄道自殺の発生頻度を比較すると言っても,正確に行うとしたら国毎に異なる様々な条件(例えば,国土面積,人口,鉄道の総延長,しかもそれをVollbahnと呼ばれる標準軌の専用軌道のみに限るのか,それとも狭軌や市電,さらにアプト式の登山鉄道や保存鉄道なども含めるのか等々)を考慮しなければなりませんが,それらすべてを同じ条件に統一するとなるとたいへんな時間と労力が必要になります.そのため,下にご紹介する比較は,ドイツ,スイスとも鉄道網の整備状況や列車の運行頻度等はほぼ日本と同程度と仮定して行っています.*3)
まず,自殺の手段として鉄道が用いられる割合ですが,少なくともドイツ,スイスと比較した場合,大きな違いが見られます.つまり,これらの国における自殺の手段として,やはり縊死が多く用いられているのですが,日本と比較すると鉄道自殺の比率が比較的高いのです.
例えば,ドイツの場合ですが,2014年9月10日の世界自殺防止デーに際してWorld Pressが公表したドイツにおける自殺の現状に関するリポートを見ると,2011年の統計では,自殺の手段として男性が最も多く用いたのが縊死(3,861件),次いで銃器(718件),薬物(708件),飛び降り(609件)の順で鉄道自殺(567件)は5位でした.鉄道自殺といっても,統計上"移動物体”(によるもの)(bewegendes Objekt)という分類であり,自動車など鉄道以外のものも含まれるので正確なところは判りません.そして,女性の場合は,第1位がやはり縊死(803件),次いで薬物(702件),飛び降り(308件),鉄道自殺(移動物体)(185件),入水(145件)の順で,飛び込みは4位です.
パーセンテージに直すと,ドイツにおける2011年の男性の自殺者数は7,646名とありますから,ドイツにおける鉄道を含む移動物体による自殺の比率は男性自殺者全体の7.4%,そして,総自殺者数が2,498名の女性についてもやはり7.4%となります.ただ,上述の理由によりこれより低い可能性もあります.なお,wikipediaの鉄道自殺(Schienensuizid)によると,ドイツにおける鉄道自殺の全自殺件数における比率は,1991年から2000年までの間は7%前後だったと記されています.また,同じ項目のページに記載されている2012年の標準軌道における鉄道自殺の総数は,872件でした.*4) なお,ドイツは,上掲のリポートにあるように,先進国の中でも自殺者数を大幅に減少させることに成功した国のひとつであるということを付け加えておきたいと思います.*5)
次に,スイスの場合ですが,政府系機関のスイス自殺予防イニシアティブが運営しているサイトが提供しているデータ(1995年から2004年までの合算)によると,男性においては,1位が銃器(35.2%),次いで縊死(27.1%),毒物服用(11.6%),飛び降り(8.4%),鉄道自殺(überfahrenlassen durch Zug)(6.0%)の順となっています.女性については,1位が毒物服用(33.4%),次いで縊死(19.5%),飛び降り(15.0%),銃器(4.4%),鉄道自殺(4.2%)*6)の順です.
つまり,少なくともこれら二つの国と日本を比較した場合,自殺の手段としての鉄道が利用される比率は,ドイツは男女共に7.4%(若しくはそれ以下),スイスについては男性が6%,女性が4.2%と,日本の男性2%,女性2.9%よりはるかに高いのです.
ところで,このように見てきてふと思ったのは,日本を含め比較対象としたいずれの国においても最も多かった縊死と鉄道自殺の間には質的な違いがあるのではないだろうかということでした.つまり,前者やガス自殺,あるいは服毒自殺が,どちらかというと自殺の瞬間が人の目につきにくい場における私的な自殺(Privater Suizid)と呼べるのに対し,後者や飛び降り自殺などは,駅のホームや住宅地付近に設置された踏切,そして学校の校舎の屋上など,不特定多数の人たちに目撃される場合も十分あり得る自殺であり,その意味で社会的,あるいは公的な自殺(öffentlicher Suizid)と呼ぶことができる方法といえます.*7)
そこで,フランスのニュースで目を引かれたものがありました.ひとつは,Le Mondeの電子版2012年5月9日付の記事Que peut faire la SNCF pour éviter les suicides sur les rails ?,もうひとつは,同じくLe Pointに掲載された2012年5月29日付Suicides sous les trains: reflet de la crise et protestation inconscientです.Le Mondeの記事には2010年,ヨーロッパにおいて2,750名の方が鉄道で自らの命を絶ったと書かれてありましたが,記事の最後に,当時社会問題となっていた鉄道自殺の増加に関して,元自殺予防ユニオン(UNPS)会長で現在,サンテチエンヌ大学病院法医学部長ミシェル・ドゥブ氏(Pr. Michel Debout)のコメントが紹介されていて,それによると鉄道自殺は経済状況の悪化の影響を受けて死を選ばざるを得なかった人が,無意識の場合も含めて,自らをそうした境遇に追い込んだ社会に対する抗議を社会全体に示す手段と考えられるそうです.Le Pointには,ドゥブ氏へのインタビューが掲載されていて,同様の内容がさらに詳しく述べられています.
ドゥブ氏の見解が仮に日本にも当てはまるとした場合,少なくともドイツやスイスに比べて,最近の鉄道自殺の比率はかなり低いので,無意識による選択であったとしても,社会に対する反発や怒りを示す行為として公の場で自らの命を絶つという傾向は日本人においてはそれほど見られないと言えるでしょう.それでも,内閣府の2010年(平成22年)における年齢別の自殺手段の統計によると,年齢別では19歳以下の場合,鉄道自殺が男性においては8.2%,女性においては8.6%と,他の年齢層に比較して圧倒的に高く,首つり,飛び降りに次いで3位となっています.つまり,私たちが交通情報で耳にしたり駅の電光掲示板などで目にする人身事故という言葉が正確には自殺を意味していた場合,亡くなった方が,絶対数は少ないにせよ未成年者である場合もあるということです.全くやりきれなくなります.自殺の手段として鉄道を選ぶのは,ドイツ等でも年配者より若者に多いそうです.*8)
また,時代による推移を辿ってみると,日本の場合,すでに見たように鉄道自殺が比較的高い比率を占めていた時期もありました.統計に新たな項目として加えられた1958年(男性:10.1%;女性:8.4%)です.さらに,興味深いことに,男女共にそれまで鉄道自殺より比率的に少なかった飛び降り自殺が,1978年以降,やはり男女共に逆に鉄道自殺より高い比率で推移しています.
詳しいデータが手元にないため,軽率なことは言えませんが,1958年,そして1978年,どちらも社会が大きく揺れた時期でした.特に1958年は安保闘争が始まる頃であり,改定条約が調印された1960年も鉄道自殺は10%と高い比率を示しました.また,1978年は成田空港が開港された年でしたが,直前に過激派による管制室占拠事件が発生しています.
前述のドゥブ氏の見解をもとに,これらの事件と鉄道自殺の件数の多さを単純に結びつけることはできませんが,少なくとも当時は,人々が社会,特に政府に対する強い反発や憤りを,今日と比較して,手段の是非はともかく,いわば直接的に表すことができた,そのため,社会に対する反発や憤りを示す手段としての鉄道自殺が選ばれるケースも多かった,そのように考えられないこともないかも知れません.
それでも,もし鉄道自殺をする人が,それを社会に対する報復の手段として選択したとしたら(自分を虐待してきたクラスメートの目の前で,校舎から飛び降りて自らの命を絶つ生徒のように),新宿を経て皇居の北を迂回して東京に至る,つまり首都の中枢部を縦断する中央線における自殺件数が最も多い理由も何となく理解出来るような気もするのです.*9)
*1) 自殺対策支援センターも詳しいデータを提供しています.
*2) 同省のサイトのEtats des lieux du suicide en Franceによると,全体で最も多い自殺の手段は首つり(52.5%),次いで薬物服用(15.3%;女性では29.9%),銃器(13.3%;男性では17.3%),飛び降り(5.9%)となっていて,鉄道自殺,またはそれを含むと思われるものは記載されていません.(2013年7月4日現在)
*3) 参考迄にスイス国営放送SFのサイトのWie lang ist das Schienennetz der Schweiz?によるとすべての鉄道(路面電車,アプト式,ケーブルカーなども含む)の総延長は5,630 kmだそうです.また,wikipediaのSchienenverkehr in der Schweizによると,2010年現在のスイスの鉄道の総延長は5,251 kmとあります.そのうち標準軌間の軌道は3,846 kmだそうです.
また,ドイツの連邦統計局が公表しているデータによると2011年現在のドイツの鉄道の総延長は 33,708 kmとありますが,標準軌路線のみの長さかもしれません.
*4) World Pressのリポートの移動物体による自殺者の男女合わせた数(719)よりも何故か多いようです.
*5) 本ブログのポスト『自殺 他国と日本(その3)』をご参照ください.
*6) スイス連邦統計局が公開している1995年から2011までの自殺手段の推移によると,例えば,男性の自殺に限った場合,2005年以降は首つりが最も多い自殺の手段となっています.ただ,この統計には,服毒,首つり,銃器,その他の4つの項目しか掲載されていないため,全体に占める鉄道自殺の比率は判りません.
なお,スイス連邦鉄道における自殺の問題については,Blickの2014年3月4日付SBB wollen Selbstmorde verhindernを参照ください.この記事によるとスイスでも毎月平均で15件の鉄道自殺が発生しているようです.そして,日本でも同様だと思いますが,鉄道自殺に遭遇した運転手は,精神的なショックを受けており事故後の安全な運転に支障が及ぶ恐れがあるため,別の運転手に交代させられるそうです.
*7) ミュンヒェンのルートヴィヒ・マキシミリアン大学に提出された人間生物学の博士論文において用いられている区別を参考にしました.(p59)
*8) Wikipediaの「鉄道自殺」(Schienensuizid)の項参照
*9) 有料ですが,「回答する記者団』というサイトに鉄道自殺に関するかなり詳しいデータが紹介されています.
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