Wednesday 30 October 2013

CIA長官とオバマ大統領が公開を拒むCIAの拷問に関する報告書

今,アメリカの議会でもめている問題の一つに,ジョージ・W・ブッシュ大統領時代にCIAの行った拘束や拷問の方法に関する報告書の公開があります.問題の報告書は,4000万ドルという予算を使い4年間かけて作成され,6300ページという膨大な量ですが,上院議員からの度重なる公開の要求に対し,内部からの突き上げを恐れるCIAのジョン・ブレナン長官が難色を示していて,しかもオバマ大統領もブレナン氏の姿勢を支持しているというのです.

以上,スイスの日刊紙Basler zeitungの10月29日付の記事"Obamas zweites Geheimdienstproblem"からの抄訳でした.

それにしても,日本等に比べてまだアメリカのほうがましだと思えるのは,予算と時間をかけてこうした報告書をまとめることができるということです.日本の場合,国の組織であろうと民間の企業であろうと,過去に起きた不祥事について,まず証拠となる文書の保管が適切になされるケースはまれで,場合によってはそれらは明るみに出されること無く処分されてしまいます. どこにこうした国民性の違いが根ざしているのでしょうか.人間の行為を,例えば流れるうちに澄んでくる川の水へのアナロジーによって捉える日本と,全ての人間の行為は神によって記録されていて,最後の審判のときに裁きを受けるという認識が精神文化の根底に存在するアメリカやヨーロッパの違いと言えるかもしれません.理由はどうあれ,現実として記録に対する感覚が欠如している日本において,国家機密保護法といった法律がもし成立した場合,どういうことが起こるのかを考えると末恐ろしい気がします.もちろん,その前に普遍的な人権についての認識も必要であることは言う迄もありませんが.

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