Friday 4 October 2013

水を巡るアジア危機 - 中国政府によるチベットの水資源独占の影響

先日,ARTEでチベットについてのリポルタージュ*1)が放送されましたが,とても興味深い内容だったので,特に印象に残った部分を以下にメモしました.

チベットには,中国の核開発にとって欠かせなかったウラニウムを始め,多くの天然資源が埋蔵されています.最近公開された,毛沢東が1950年にモスクワから党幹部に宛てて送った電報の文言から,チベットを占領し管理することが1950年以来中国政府の方針であったことがあらためて明らかになりましたが,その理由の一つがこうした資源の開発です.*2) その豊かな天然資源の中のひとつ,水は石炭と並んで主要な電力源であると同時に,工業用水,そして,もちろん飲料水として中国が経済成長を続ける上で欠くことができないものです.

世界有数の降雨地帯のヒマラヤから流れ下る膨大な量の水は,チベットにおいて,ヤルンツァンポ,ブラマプトラ,インダス,サトレジ,メコン,サルウィンなどの河川にまとまります.今や,世界のダムの半数は中国にあると言われる程,中国の河川には多くのダムが存在していますが,特にチベットにおけるその密集度は他に類を見ないほどで,長江,メコン,サルウィンの上流部にはおよそ100ものダムが存在しています.これらのダムのいくつかは水力発電用で,世界で最も標高の高いヤルンツァンポ川では5つもの水力発電施設が建設中です.そして,さらにもうひとつ,40,000メガワットの発電能力を備えた世界最大の施設の建設が計画されているといいます.*3) 40,000メガワットというと原子力発電施設30箇所分に等しい発電量です.中国における水理工学の第一人者Wang Weiluo博士によると,中国政府は中国における水力起源の電力のおよそ1/3がチベットの河川から得られると見込んでいて,今後20年のうちにそのための水力発電施設を整備する計画といいます.また,Weiluo博士は,中国政府はチベットに水源を有するこれらの河川の流路を変更し,それらを流れる水のうちの300,000m3を北部の北京などの大都市へ導こうとしているとも指摘しています.300,000m3というと,ライン川の流量の4倍の量にあたります.

ここで,二つの懸念が浮上しています.一つは,地震などでダムが決壊したときの被害です.チベット高原は世界でも有数の地震地帯であることは,2010年に発生した青海地震などでも広く知られていますが,もし,これらのダムが地震で決壊したらさらに多大な損害を与えることは明らかです.例えば,ドイツのメーネタールダム(Möhnetalsperre)は第二次世界大戦中,連合軍の爆撃によって破壊されましたが,その際に発生した高さ8mにもおよぶ濁流により1,500名以上の犠牲者が出ました.このダムの高さは谷底から32.44mです.*4) しかし,建設が計画されているひとつのダムの高さは400mにもなるもの*5)で,それが決壊した際の人的および環境などに与える物質的被害は想像するに余りあります.

もうひとつは,中国のみにとどまらず多くの周辺諸国も関係するもので,水自体をめぐる懸念です.チペット高原に流れ込むヒマラヤからの膨大な量の水は,すでに挙げたいくつもの河川に収斂し,それらを通じて南に位置するインドやパキスタン,そして東南アジアの国々へ供給されています.もし,これらの水のうちの300,000m3が,チベットにおいて建設中の多数のダムによってその流れが変更され,中国北部の北京などの大都市の水源にされた場合,当然,こうした国々において深刻な水不足が発生します.例えば,現在,厳しい情報管制のもとに建設が進行しているZangmuダム(藏木ダム)は,インド国境の近くに位置していて,そこはこれまでしばしば両国の紛争が発生した地域ですが,すでにこのダムの建設に対し,インド政府は自国内の水不足を招くと中国政府に抗議したそうです.しかし,建設は続けられているようです.つまり,中国は30億の人口を抱えるアジアの国々の水源を独占しようとしていて,もしそれが実現したら広大な地域を巻き込む紛争へ発展しかねないのです.こちらの懸念は,Weiluo博士のみならず,今年の11月に来日が予定されているダライラマ14世や,俳優のリチャード・ギア氏が代表を務める団体International Campaign for Tibetによって今や広く世界に伝えられています.*6)

以上が番組の内容の抜粋ですが,これを視ていて,チベットはフランスにとってのアルジェリアに似ていると思いました.この二つの地域は,まず豊かな天然資源を持つことや核実験が実施された場所という点が共通していますが,独立を望む多くの住民たちが中央政府によって抑圧され,殺害されたことでも似ています.もっともアルジェリアは1962年に独立を達成していますが,チベットではこうした抑圧が現在でも続いています.*7)





*1) "Tibet : les enjeux d'un conflit" (2012年,ドイツ西部放送局制作のドキュメンタリーリポルタージュ.ARTEでは2013年9月24日23:30に放送.ドイツ語のタイトルは"Kampf um Tibet")
*2) 1950年2月付.詳しくは,ニューヨーク在住の歴史家Li Jianglinさんのブログをご覧下さい.
*3) どうやら,Mutuo付近で建設が計画されているダムに設けられる発電施設を指しているようです.(Cf.The Brahmaputra: Water hotspot in Himalayan Asia in Global Water Forum)
*4) 基礎地盤から計った,いわゆるダム高は40.30.
*5) 具体的にどのダムのことを言っているのか番組では明確に述べられていなかったのですが,東京のスカイツリーより高いダムということになります.タジキスタンで建設中のログンダムはその335mの高さのために竣工すると世界で最も高いダムとなるそうですが,それを超える高さになります.
*6) The ObserverのChina and India 'water grab' dams put ecology of Himalayas in danger(2013年8月10日付)やThe Guardianのブログの2013年6月5日付ポストChina's mega water diversion project begins testingなどが参考になります.また,Wikipediaの南水北調計画の項も参考になりますが,日本語版には周辺諸国との問題への言及がされていないので英語版(South–North Water Transfer Project)など,日本語版以外の参照をお薦めします.

*7) 番組の中で,自分たちにはダライラマが必要と言う内容の演説をしたチベット人の男性が8年もの禁固刑に処せられた例が紹介されていました. 

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