ティアンランさん(仮名,男性36歳)は, シューさん(仮名,女性31歳)と初めて会ったとき,何か特別なことが自分のうちに起きたように感じました.後に,彼は,そのとき神を見たと語っています.シューさんは,ティアンランさんの口から右の頬へと伸びる傷跡が印象に残りました.
二人は,ウェブ上のデーティングサイトで知り合い,その後,レストランで会ったとき,ティアンランさんは,ナイフによって顔が傷つけられた夜のことを語り,シューさんは,神について語ったといいます.
彼は,彼女が,他の女性より優しい心を持っているように感じました.彼女の印象は,自然で,彼女が生きている世界は,安らぎで満ちているように思えました.彼は,それまで,宗教と関係を持った事はほとんどありませんでしたが,シューさんと出会ったことで,クリスチャン達は,皆彼女のようなのだろうかと思うようになりました.
中国では,文化大革命以後,キリスト教は共産党により敵対視されるようになりました.そして,60年代の終頃から共産党は,キリスト教会を党のプロパガンダのための装置にしようとしました.そうした党の方針に従わなかった教職者たちは,追放され,中には強制労働を科せられた人もいました.一方,クリスチャン達は,隠れて信仰を守りました.
現在,中国では,多くの人がキリスト教会の信者になっています.1949年,毛沢東により,中華人民共和国の誕生が宣言された時点で,中国のクリスチャンの数は,およそ100万人程度だったと言われますが,今日,その数は,非公式ながら1億を超えていると考えられています.
なぜ,クリスチャンになる人が増えているのか,その理由として,多くの人は,社会にはびこる,人同士の互いに対する無関心を挙げています.急速に変化し続ける社会は,人々に疎外感をつのらせ,その結果,生まれた空虚感を満たす手段を共産党は持ち合わせていないというのです.共産党の政策は,このような社会の変化に付いて行けていないのです.
ティアンランさんは,高給を得ているインテリア・デザイナーです.彼は,身長も高く,魅力的で,結婚相手を見つけるのも容易いことだろうと思われますが,生涯を共にする相手と出会うことはありませんでした.彼が,これまでに出会った女性は,皆,品物の値段はよく知っていたが,本当に大切なものの価値が分かる女性はいなかったと言います.
彼によると,こうしたことは,女性に限ったことではなく,国全体がそうなっているそうです.彼は,多くの利益を得るために,ミルクに,人体に有害な化学物質を混ぜた企業のことを知ったとき,衝撃を受けました. そして,繰り返し報道される共産党トップたちの汚職にうんざりもし,政府の福祉制度改革への取り組みも遅いと感じています.
シューさんと出会う数週間前,彼は,広州において発生した事故についての報道を目にしました.その事故とは,少女が車にひき逃げされたというものでした.重傷を負って,路上に横たわる少女を助けに来る人はおらず,彼女は,再びトラックに轢かれ,そのあとで,ようやく一人の女性が彼女を病院まで運んでくれたというのです.このニュースを見ていた彼は,テレビのスイッチを切りました.その二日後,彼は,少女が亡くなった事を新聞の記事を通じて知りました.
こうした出来事は,今日の中国では枚挙にいとまがありません.社会のモラルの低下は,政府によって,最優先に対策が講じられるべき問題だと,雑誌"Study Times"は,その記事の中で主張しましたが,インターネット上で検閲された結果,取り下げが命じられました.
シューさんは,18歳になる直前,ある教師から共産党に入るように勧められました.こうした勧誘は,クラスで最も優秀な生徒にのみなされるもので,党は,各世代においてもっとも優秀な人材を党員に加える方針でした.彼女は,名誉あることと思い,承諾しました.その後,彼女は,党の教育機関で,他の選ばれた学生たちと一緒に,「党は,公平,統一,そして異民族間の相互扶助を支持する」といった,共産党の憲法のフレーズを教えられました.しかし,彼女は,違和感を感ぜざるを得ませんでした.公平,兄弟愛といったものは,そのクラスには存在していないと思いました.やがて,党は,彼女の行動についても細かく指示を与えるようになりました.
それから,13年程過ぎた今, シューさんは,「共産主義者は,人間は生まれながらにして善人であり,働いて人生の目標に到達することで幸福を得る事ができると言っています.しかし,それは誤っています.人は,決して満足する事はなく,迷い続けるのです.共産主義の教えは,誤った人間理解に基づいています.」と言います.
高層ビルの9階にある,広い事務所.その壁の一つには十字架が掛けられていて,本棚には,天使の置物が置かれています.移動式の壁によって隔てられている,以前の社長室だったところは,子供たちが聖書について学ぶ場所です.毎日曜日,この仮の教会には,ティアンランさんとシューさんを含め,80名ほどの教会員が集まってきます.彼らは,ここで,新しい人間として生まれ変わったといいます.
シューさんと知り合って以来,ティアンランさんは,毎日曜日,教会に通いました.彼は,牧師の説教を聴き,また,教会員たちがお互いに温かく接しているのを見ました.そんなある日,彼は,ひとつのことに気がつきました.それは,仕事の仲間には,いつも高価な贈り物をしているのに,自分の家族には何も贈ったことはないということでした.大切な人たちをなえがしろにしている自分も,結局は,自分が批判していた冷たい社会の一員だったということに気がついたのです.
シューさんは,教会に通い始めたころ,七つの罪についての説教を聴きました.彼女は,ぞれまでの自分の人生を振り返りました.「人は,生まれながらにして罪深いものであり,神によって救われる必要があるのです.」という牧師の言葉を聴いて,家に走って戻って泣いたそうです.そして,彼女は祈りました.
それからほどなくして,ティアンランさんは,洗礼を受けました.シューさんは,共産党への寄付を止めました.そして,数ヶ月後,二人は,結婚したのです.
[中略]
このように,中国では,ほとんどのクリスチャン達は,隠れて礼拝を行っています.北京だけでも,3000もの地下教会が存在するといわれています.国家によって認可された教会もあるのですが,統制が厳しいので,集うクリスチャンは極めて少数です.例えば,カトリック教会などでは,ローマ法王の権威が認められておらず,教会の最高権威は,共産党に帰属するとされます.
憲法上,宗教の自由は保障されてはいるものの,実際は,それにはほど遠い状況です.一年半以上にわたり,宗教の自由を要求し続けているシォウワン教会(Shouwang Church*1))は,北京の広場で礼拝を行おうとしますが,毎回,当局に制止され,参加者は一晩拘束されますが,彼らは,留置場で礼拝をしているそうです.
このような状況に置かれているクリスチャン達は, 彼らの信仰が認められていないこと,安全も保障されず,仮の会堂で礼拝をせざるを得ないことに対して不満を持っています.
少し前に,シューさん達の通う教会を一人の警官が訪ねて来て,いろいろと質問をして帰って行きました.そのとき,彼女は,自分たちが築いた教会が,近いうちに閉鎖を余儀なくされるかもしれないと感じたそうです.しかし,彼女は,恐れません.「もし,私たちが逮捕されることがあったら,それは,神様が望まれたことです.そして,神様は,解決策も与えてくださいます.」と彼女は言います.
ティアンランさんは,シューさんのお腹を撫でました.来年の春,二人に息子が生まれるそうです.彼らは,自分たちの子供が,自由に信仰を持つことができる中国の実現を待ち望んでいます.
*1) 守望堂と書くようです.ウェブサイトもあります.