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Tuesday, 31 March 2020

志村駅長,お疲れ様でした ! (敬礼)

Tuesday, 13 November 2018

ツィッター上に公開された三陸鉄道新車両甲種回送の写真

Sunday, 11 November 2018

三陸鉄道,南リアス線三陸駅のカキカーテン

吊るし柿をつくるのに,最適な柿の収穫時期は,一度霜が降りてからだそうです.そして,吊るした後,おいしい干し柿になるには,太陽の日差しと寒風に十分にさらされること.そう三陸駅の駅長さんは仰っていました.

Friday, 3 August 2018

三陸鉄道南リアス線盛駅

Sunday, 22 July 2018

三陸鉄道南北リアス線を使った大船渡(盛)から日帰り久慈往復机上旅程

来年の3月23日からは,盛から久慈までリアス線の直行運転が始まるので,途中の乗り換えは必要なくなりますが,それまでは以下の旅程で可能です.なお,交通費は,南リアス線と北リアス線の土日休日往復割引乗車券を使えば,鉄道が4000円,バスが往復2960円なので,合計6960円です.(Cf. 三陸鉄道時刻表岩手県交通バス/岩手県北バス,宮古 - 釜石間乗り継ぎ時刻表) なお,この旅程は,ジョルダンなどの乗り換え案内では表示されないようです.また,Yahooでは,バスの乗り継ぎ停留所が岩手船越になっていました.

どことなく,フランスのプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏 (Provence-Alpes-Côte d'Azur, PACA)の雰囲気を時折感じる三陸地方をさらに楽しみたいと思います.

Saturday, 21 July 2018

山と海のラビリンスとしての三陸と来年3月の営業再開を待つ吉里吉里駅と船越の八幡神社 (2018年7月22日更新)

山田線の釜石,宮古間(運行が再開される来年の3月23日以降は三陸鉄道リアス線の一部)の現状が見たくなり,吉里吉里駅を訪れました.


深山幽谷の間を縫って走る国道45号線の間から垣間見える断崖の岩肌.三陸は山と海とが形成するラビリンスなのです.(森林浴ももちろん可)
高台にある吉里吉里駅.



試験運転は未だのようです.なお,枕木は,木製とコンクリート製のハイブリッド.
帰る途中に寄った船越で見かけた素敵な蔵.


船越漁港にいるたくさんのお腹を空かしたカモメくんたち.10mくらい近づくと,飛び立たずに,全員で後方に移動します.
漁師さんたちの明るい笑い声が響く,穏やかな漁港の午後.
漁港を見下ろす八幡神社.船越地区の避難場所に指定されています.
お社は,もちろん無傷.境内の石碑に延享元年と記してあったので,建立,あるいは移設は貞観,慶長地震の後の時代かも知れません.
震災で倒壊したため,再建されたと思われる鳥居.
この神社も,津波遡上限界ラインのぎりぎり手前のところに位置しています.(赤丸の中央) (国土地理院提供浸水範囲概況図より)

この船越のある山田町では,多くの方が津波の犠牲になりましたが,それは山田湾の形状が津波のアッテネーター,あるいはバッファーとして機能するという経験則への多くの住民の過信によるものでした.山田湾に津波が押し寄せた後,この船越湾に押し寄せた津波が半島の短いくびれを乗り越えて山田湾へなだれこみ,それによって被害がさらに大きくなりました.(Cf. 『「津波に強い」過信あだ』, 2011年4月17日付河北新報)

最後に,ラビリンスと言えば,現在,各地で防潮堤の建設が続いている沿岸の道路も,あちこちが通行止めにされ,まさにラビリンス状態.実際,帰りの途で,船越まで下りたのはよかったのですが,戻ってくるのに,どの道を走ればよいか判らなくなってしまいました.日本狭しと雖も,三陸地方程,カーナビゲーションシステムが機能しない場所も他にあまりないと思える程,この文明の利器も役に立ちません.そこで,たまたま通りかかった白髪白髭の紳士に国道への戻り方を伺うと,それはお困りでしょうと笑顔で応じてくださり,丁寧に教えてくださいました.後で,八幡神社の神様だったのかなと,ふと思った出会いでした.

Saturday, 14 July 2018

津波の遡上限界ライン上に位置した綾里の市杵島神社(いちきしまじんじゃ)

祭神は市杵島姫神です.(神仏習合説によると本地は弁財天.) 綾里白浜地区は,1933年の昭和三陸津波後,住宅はすべて高台に移築されていたため人的被害はなかったそうです.(Cf. 『高台に住居移転し被害ゼロ』, 2011年3月27日付河北新報)


綾里漁港

高台から漁港を見下ろす鳥居.津波を受けて倒壊したため,再建されました.

津波は,この坂を遡上し神社の縁の下まで到達しました.まさにギリギリセーフと言ったところ.

赤いマークは津波の高さではなく,到達地点を示すもの.

津波ボールと社殿

昭和63年製の賽銭箱.津波で流されたそうです.

神社の参道の坂から見下ろす綾里漁港.定置網漁が盛んだそうで,昔は,マグロもとれたとのこと.水揚げされた水産物は,大船渡の市場へ送られます.

白壁の建物が社務所

綾里駅前の津波注意喚起ボード.2007年に建てられたもの.

綾里駅舎内の柱に貼られた来年のラグビー大会のポスター.写っているのは,大船渡のウォーキングクラブの皆さん.今日は,綾里から恋し浜まで往復されたそうです.

本ブログ恒例となってしまった不思議なポスターシリーズ.駅舎内に掲示されていたものですが,'自衛官募集'とどういう関係があるのか,よく判りません.また,全体として何をテーマにしたものなのかも判りませんでした.(個別のテーマでは「シャツは浮くんです」の意味が,このポストを公開したあとに,ようやく判りました.おそらく,水の中に落ちても,シャツを着ていると浮くと言う意味だと思います.)
最近,市内の書店で購入した『2011.3.11 東日本大震災 津波被災前・後の記録 宮城・岩手・福島 航空写真集』(2012年,河北新報出版センター刊)を見て気づいたのは,岩手県は海岸線は長いものの,津波が内陸へ遡上した個所は,宮城県や福島県に比べて少なく,また,遡上距離も短く,さらに浸水面積も小さかったことを知りました.陸前高田などでは多大な被害が出たことは行く先々で伺いますが,上述した岩手県沿岸部における津波の動きと隣接県におけるそれらとの違いは,前者のリアス式海岸と呼ばれる地形によるものであることは言うまでもありません.もちろん,その地形が遡上する津波の高さやエネルギーを増幅させてしまうことも事実です.しかし,後ろがすぐ山であるということは,避難場所が近くにあることを意味します.(急峻な坂を登るのは,大変ですが.) このように,リアス式海岸は津波に対する自然の要塞にもなりうると言うことを知ったのも,こちらに来て,あちこち巡ったおかげでした.(特に,自転車をそのまま持ち込むことができる三陸鉄道のサイクルトレインには,いつも本当にお世話になっています.)

ところで,どことなくマルセイユ近郊の入江を思い出させる,この地方の沿岸部ですが,例えば,大船渡から海岸線に沿って宮古まで行く観光船があれば,是非乗りたいのですがと,こちらにお住いの方に言うと, 「お客が来ないだろうから,ビジネスとしてなりたたないので,そういう航路は存在しない.三陸鉄道ですら,利用者が少なくて困っているのだから...」などと言った答えが返ってきます.せっかく美しい風景があるのに,ほんとうに残念です.

Sunday, 24 June 2018

盛から釜石への旅

今日は,三陸鉄道南リアス線を使って釜石まで行きました.
 
往路で利用したのは,盛9時13分発の205D.運よく,復古調の36-R3に乗り込むことができました.(今回で2回目.) 団体のお客様たちも乗車していました.


特定の時間帯では,無折りたたんだり,分解せずに無料で持ち込むことができます.なお,この列車は,その前の時間帯だったので,280円を支払って持ち込み票を購入.


釜石駅で撮影に応じてくださった運転士の方と指導運転士のかた.ありがとうございました.


釜石に到着(10:06)するやいなや,10:55発のSL銀河号を牽引するC58 239の付け替え作業に遭遇.本当に華麗な姿です.












馬田岬まで,わずか18段変速のか弱い折り畳み自転車で向かいましたが,いささか無謀な試みでした.三陸沿岸を自転車で巡るというのは,馴れているサイクリストでも,そうたやすいことではなく,かつて,北海道からやってきた若いサイクリストの方も,途中でギブアップし,釜石からは三陸鉄道を利用したそうです.(三陸鉄道釜石駅の駅員の方談.) でも,美しくとも,人をたやすく寄せ付けないのが,また,この地域の魅力でもあることを知り,一層,三鉄沿線が好きになりました.




途中で,鹿3~4頭に遭遇,彼らは急斜面を駆け登ったり,駆け下ったりはもちろん,水平にも素早く移動することができます.義経の鵯越戦法を思い出しました.狸も1頭と出会いました.


三陸鉄道釜石駅に展示されている,かつて宮古 - 宮古港間で観光列車を牽引したC10 8のHO模型.彼女は,今でも大井川鉄道で現役です.ところで,標高差700m以上,20km近くも山道を走ったため,無性に甘いものが食べたくなり,駅員さんに,近くにあんみつなどを出す喫茶店はないでしょうかとたずねたところ,イオンのそばの《小島かふぇ》をお勧めしてくださいました.上品ながらも贅沢なあんみつとアイスコーヒーで疲れがいっぺんに取れました.


 
復路で利用したのは,通常のDC,36形でしたが,それでも自転車を置くスペースはあります.(本来は車いす用のスペース.)


17:39盛帰着.充実した1日でした.

三陸鉄道の社員の皆様,いつも素敵な旅を体験させていただき,本当にありがとうございます.

そういえば,趣味で映画の脚本を書いていますが(コンテストのようなものに応募したことは一度もありませんが),今回の小旅行で,三陸鉄道と沿線の動物たちが登場する脚本のプロットが思い浮かびました.仕事もあるので,いつ完成するか判りませんが,書き終えることができたら,社員の中のどなたか,映画鑑賞がご趣味の方に読んでいただき,ご感想を聞かせていただければと思っています.

Saturday, 16 June 2018

かつて三陸鉄道が運転保守を担当したC10 8の写真が掲載されている雑誌『最盛期の国鉄車輌13』

1987年(昭和62年)3月に宮古市に譲渡され、観光列車としての使用のため、同市によって修復された。同年4月17日に動態復活し、7月19日より宮古駅付近と宮古港出崎埠頭を結ぶ旧国鉄臨港線で「SLしおかぜ号」として保存運転が行われていた。(Wikipedia 「国鉄C10形蒸気機関車」より)
 C10 8号機の写真は,本誌のp10に掲載されています.

Sunday, 10 June 2018

ナマハゲ,アマメハギ,スネカのこと

どれもみな,季節の特別な変わり目(節目)に子孫の住まいを訪れ,怠惰をいましめると同時に祝福してくれるご先祖様たちです.ナマハゲは男鹿半島,アマメハギは能登半島,そして,スネカは大船渡市吉浜地区において伝承されています.他の地域では一般的な田の神的な性格も持っていますが,寒い地域のせいか,怠け者を叱るという,ちょっと恐い性格も帯びています.この怖い性格は,やはり冬が厳しいヨーロッパ中部地方において聖ニコラウス(サンタクロース)に同行するクランプスに共通するものです.

三陸鉄道南リアス線の吉浜駅舎内に掲示されているスネカに関する説明パネル

Friday, 8 June 2018

三陸鉄道,本物の鉄道ダンシのデビューは今年11月ごろ

来年3月23日に計画されている山田線宮古 - 山田間のJRから移譲を受け,昨年,今年とそれぞれ10名の新入社員を受け入れた三陸鉄道.すでに運転士試験を受けた社員の方がいらっしゃって,合格通知が今月11日以降に届くとのこと.試験に合格後,数か月の社内研修を受け,実際にマスコンノッチを握るのは,早くて今年の11月からだそうです.

なお,三陸鉄道では,9月1日に盛駅で鉄道祭を開催するそうで,予約をすると車両基地内でのDCの体験運転をさせていただけるとのことです.

ところで,昨日,同鉄道の南リアス線で運行された特別列車の車内で,一人で乗車した私の相手をしてくださったベテラン運転士のKさんから,三鉄に関する様々な興味深いお話を伺いましたが, その中でも特に印象に残った話題のひとつにC10 8号機に関するものがありました.現在,大井川鉄道で元気に活躍中の同機ですが,かつて宮古臨港線(山田線の支線)で「SLしおかぜ」号を牽引した経験を持っていて(車両の運転管理は三陸鉄道),それ以前は,宮古市のラサ工業株式会社の専用線で使用されていたそうです.来年,旧山田線宮古と転車台を備えた釜石間の営業運行再開により連絡されるので,釜石線を走っているC58牽引のSL銀河号を山田線に乗り入れさせることも可能になるのではとKさんに伺ったところ,山岳路線でトンネルが多い山田線でSLを運行させるのは,あまり現実的な企画とは言えない,また,来年春に運行が開始される区間は,線路の路床がSLの軸重に耐えられるものかどうかといった懸念もあるとのこと.コストを除いても,そう簡単に行くものではないようです.それなら,大井川鉄道からC10 8をお借りして,「SL故郷に帰る」と言う企画はいかがでしょうか.というのも素人考えのようです.なぜならC58の動軸重は,13.5tですが,実は,C10の動軸重も似たりよったりだからです.路床条件が悪い線区に乗り入れるとしたら,やはり12.5tのC11のほうが,はるかに現実的のようです.