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Wednesday, 19 October 2016

近年のフランスの歴史ドラマで活躍するミカドタンク'141 TD 704', '141 TB 407'

これら2両の動態保存機が登場したのは,いずれも第二次世界大戦中,ドイツ占領下のフランスを舞台とした'Un village français' (2009-, france3),'Résistance'(2015, TF1).まず,141 TD 704が登場した'Un village...'は高視聴率を記録し続ける,サスペンスとしても完成度の高いドラマ,また,141 TB 407が登場した'Résistance'は,レジスタンス運動に参加した10代の男女たちの生き様を描いた実話に基づく6回シリーズです.どちらも日本では今のところ放送されていませんが,'Un village...'は韓国で放送されています.日本統治下の体験に重なるものがあるのかもしれません.(下は,'Un village...'のシーズン7の予告.放送はFR3で日曜日から.舞台は1945年冬.ナチス協力者たちを裁く法廷の様子が描かれます.)

なお,フランス国鉄141 TD形,同141 TB形については,Wikpediaに詳しい解説が載っていますが,141 TD形407号機はリモージュ観光鉄道が,また,141 TB形407号機はパリ近郊Longuevilleに本拠を置くAJECTAが所有しています.(ブログはこちら.) 'Un village...'に141 TD 704が使用されたのは,このドラマの撮影場所が主にリモージュ地方だったことが,'Résistance'では141 TB 407だったのは,それがパリだったことが理由でしょう.


なお,いずれの団体も特別列車を運行してますが,リモージュ観光鉄道では夏期のみであるのに対し,AJECTAでは,これからの季節にもハロウィン列車,サンタ列車の運行が予定されています.(詳しい情報はこちらから.)  また,来年2017年の運行予定はこちらからご覧いただけます.(いずれもフランス語のみ) なお,AJECTAが運行するする特別列車には,原則としてCIWLのプルマンカー(Voiture Pullman 4155 type Cote d'Azur)と食堂車(Voiture restaurant 4207 Type Train Bleu)が連結されているので,古き良き時代に思いを馳せるのに良い機会を提供してくれます.

Thursday, 14 April 2016

1945日8月10日付原子爆弾使用についての外務省の対米抗議文内に用いられた'非人道的'という言葉

長い引用なので,折り畳みます.対米抗議文にはマーカーをつけました.原爆を'非人道的'と形容しているのが2箇所.同じく'人道を無視'したものと述べているのが1箇所です.英語訳については,アメリカの国立公文書館に行けば閲覧ができるのではないかと思います.正直に申して,英語訳に興味があります.

Friday, 18 March 2016

フランス防衛省が公開した第二次世界大戦関連資料 (フランス語)

Saturday, 2 January 2016

フリッツ・バウアー,戦後のドイツに歴史を直視させた男 - 映画

昨年公開された映画で,原題は"Der Staat gegen Fritz Bauer"(『国家対フリッツ・バウアー』).公式サイトはこちらです.ユダヤ人大量虐殺を計画したナチスの指導者の1人で,戦後,アルゼンチンに逃れたアドルフ・アイヒマンの行方を,ドイツ政府からの様々な妨害に遭いながらも追い続けたヘッセン州首席判事の姿が描かれています.日本での公開は未定のようです.以下,主要ニュースメディアに掲載された作品紹介へのリンクです.なお,フリッツ・バウアーについては,2010年にも彼を題材とした別の映画が公開されています.

Tuesday, 29 December 2015

元日本軍の'性奴隷'だった韓国人女性たちに関する日韓協議の結果を伝えるNZZとSRFの記事 (ドイツ語)

今夜のニュースで,この話題を伝えるキャスターは「アジアから10万人の女性が誘拐され,虐待され,屈辱を受け...」と繰り返していました.もっとも,この話題はすでにかなり以前からヨーロッパのニュースメディアで取り上げられているので,今では近代史の常識となっています.

Tuesday, 23 June 2015

今日の沖縄の動きに関する記事および沖縄戦を体験した米兵の証言

なお,沖縄戦ももちろん含めて,戦争というものが人類が犯す罪のなかでも際立って悲惨なものであることを理解するためにお薦めしたいのは,ケン・バーンズ監督の"The War"です.

NYMR's special event: Railway in Wartime 16th – 18th October 2015

Related page in the official site

Tuesday, 16 June 2015

Wednesday, 10 June 2015

ふと思い出した『日独伊三国同盟合意文書』('Dreimächtepakt. zwischen Deutschland, Italien und Japan')のこと

最近,'安全保障法制の改定'についての議論をよく耳にしますが,日本とドイツが締結した同盟条約の内容文書を読んでみました.その第3条は以下のとおりです.(全文は,こちらからDLできます.)
Artikel 3
Deutschland, Italien und Japan kommen überein, bei ihren Bemühungen auf der vorstehend angegebenen Grundlage zusammenzuarbeiten.*Sie übernehmen ferner, die Verpflichtung, sich mit allen politischen, wirtschaftlichen und militärischen Mitteln gegenseitig zu unterstützen, falls einer der drei Vertragschließenden Teile von einer Macht angegriffen wird, die gegenwärtig nicht in den europäischen Krieg oder in den chinesisch-japanischen Konflikt verwickelt ist.
この同盟の締結において興味深いのは,下に引用した解説にあるようにドイツ側の思惑と日本側の認識に相当なずれがあったことです.具体的には,上記の黄色でマークした部分にあるように,誰がどう読んでも締結国のうちの1国が第3国から攻撃をされた場合,他の締結国は自動的に参戦の義務を負うとしか読めません.(確かに,'後方支援'も軍事的支援と言えないこともないかもしれませんが,当時の状況ではそんなことは考えられません.) しかし,それでは海軍が承知しないで,駐日ドイツ大使オイゲン・オットと松岡外相が,自動参戦*1)を譲らない特派ドイツ公使シュターマーに知らせずに,参戦に就いては各国が判断することができるという議定書を内密に作成し,いわば海軍をだまして,後者から当該同盟の参加の承諾を引き出したのでした.この例から言っても,法律をどう変えようが,あるいは変えまいが(変えない場合は解釈を変えて),結果的に,この国は病的なまでに信頼する国(昔はドイツ,今はアメリカ)のいうなりになってしまうのです.
Second, on September 7, the Foreign Ministry began secret negotiations with General Heinrich Stahmer, the personal emissary of Joachim von Ribbentrop, Germany's foreign minister, to form a tripartite alliance with the Nazi and Italian Fascist regimes. Matsuoka Yosuke, the Japanese foreign minister, sought an alliance with Germany in which all parties agreed to go to war against any nation that attacked another member of the pact, in order to reduce the likelihood of American intervention if Japan pushed southward. Stahmer agreed with this assessment." Matsuoka was unable, however, to persuade the navy to accept such a commitment, the naval officials being fearful that Germany and the United States would engage in hostilities in the Atlantic before Japanese naval power was prepared for a war in the Pacific. Naval authorities therefore agreed to the Tripartite Pact only after Matsuoka added a secret protocol (with the concurrence of Germany's Ambassador Eugen Ott, but without the knowledge of Stahmer) that allowed each party to determine independently when its ally had been attacked by an adversary. Thus, the Japanese government entered into the Tripartite Pact in late September in order to prevent the United States from supporting the British and the Dutch in the East Indies, but it was fully prepared to back away from its stated commitment to join a war if German-American hostilities began. If Washington was bluffing with the Beet at Pearl Harbor, Tokyo was bluffing with the alliance with Hitler."
(Krauss, E. ed., Ben Nyblade, B. ed., Japan & North America: RoutledgeCurzon Library of Modern Japan (Routledge Library of Modern Japan), London, 2004, p235)
最後に付け加えると,三国同盟には,後にハンガリー,ルーマニア,スロバキア,ブルガリア,ユーゴスラビア,クロアチアも含まれることになります.(Cf. Wikipedia) こう考えて来ると,歴史的地理的に狭い視野を保ったまま,日米の軍事的協力関係のさらなる強化の行き着く先には,想像を超えたものがあるように思えてなりません.




*1) 合意文書の引用した箇所の最後の3行('欧州に於ける,及び日中間の戦争に現時点で未参戦の第三国からの攻撃された場合')から想定している対戦国はアメリカであることは明らか.

Friday, 15 May 2015

アメリカでV-Dayが祝われない理由 (ドイツ語)

Sunday, 10 May 2015

ベルリン市街戦と第三帝国の終焉を描いたHeinz Rein著"FINALE BERLIN" (ドイツ語)

Monday, 6 April 2015

多くのユダヤ人をナチスの大量虐殺から救った2人の外交官 - 杉浦千畝とカール・ルーツ

最近ふと思いついて,2人の場合を比較してみました.杉浦氏は日本の,ルーツ氏はスイスの外交官です.(2人についての詳しい説明はWikipediaなどのそれぞれの項をご参照下さい.ルーツ氏については,SRFのCarl Lutz – Der vergessene Heldにも詳しい説明が載っています.) 

まず,共通点です.
  • 2人ともクリスチャンでした.杉浦氏はロシア正教徒で,早稲田大学在籍中はバプテスト派の宣教師ハリー・バクスター・ベニンホフが大隈重信の要請を受けて設立し,後の早稲田教会となる早稲田奉仕園の信交協会に一時期所属していたそうです.*1) ルーツ氏も,家族そろって熱心なメソジストあり,移民先のアメリカで最初に学んだ大学がメソジスト教会に所属するCentral Wesleyan Collegeでした.*2)

    彼らが,多くの非クリスチャンたちを救ったことは,特に歴史を通じて無数のムスリムやユダヤ人に加え,その他の非クリスチャンたちを殺害してきたクリスチャンの歴史において偉大な功績です.*3) 
  • 2人ともイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」の称号を授与されています.なお,この称号を受けた日本人は杉浦氏のみですが,スイスでは全員で44人が授与されています.*4)
 そして,相違点です.
  • 孤軍奮闘せざるを得なかった杉浦氏と多くの協力者が居たルーツ氏.*5) これは,赴任地の違いにも起因しているかもしれません.
  • 特に残念に思えるのは杉浦氏の場合です.在リトアニア領事時代,迫害をのがれてポーランドからやってきたユダヤ人達にビザを発給したときから戦後に至るまで,日本の外務省は彼をサポートしないばかりか,ソビエト連邦における抑留生活を終え帰国したときには解雇さえしました.その一方,ルーツ氏は,対戦中からスイス政府の全面的なサポートを受けていました.*6)




*1) 杉浦千畝 in Wikipedia
*2) Carl Lutz at THE INTERNATIONAL RAOUL WALLENBERG FOUNDATION's site, Carl Lutz in Wikipedia
*3)
今日でも,特定の啓示宗教の名の下に各地で大量殺戮が行われていますが,歴史を通じて視たとき,それらを阻止しようとしたのもやはり啓示宗教の影響を受けた人達でした.命,あるいは人権を大切にすると題目のように唱えても,それが普遍的に適用できるものでなければ,全く無意味です.普遍的な人権にしろ,それが大前提である民主主義も,唯一の神によってあらゆるものが創造され,その神の前で,すべての人は平等であると説く啓示宗教(特にプロテスタンティスム)によってもたらされた思想およびその上に成り立つ制度なのです.

ところで,ナチスによるユダヤ人虐殺については,多くの映画が制作されましたが,特に印象に残ったのは,実話に基づいて制作された『さすらいの航海』("The Voyage of the Damned", 1976年)でした.ラストの前に船の中で反乱が起きますが,操舵室に侵入して来たユダヤ人たちにシュレーダー船長は,「クリスチャンとして,君たちの身柄がナチスの手に渡さないために私ができるかぎりのことをすることを誓う」("I give you my solemn word " [...] "As a Christian")と言います.しかし,それに対して反乱のリーダーである男性は,「キャンプ(強制収容所)を建設し,僕たちを餓死させ,殺しているのはクリスチャン達だ」と叫びます.映画の台詞なので,実際にそうしたやりとりがあったわけではないでしょうが,ただ,リーダーの男性が述べたことは事実です.その関連で,最近,SPIEGELにEvangelische Kirche: "Trauer und Scham über Luthers krude Thesen"という記事が掲載されていました.

また,チクロンBの大量製造に関わったものの,所属するNSDAPによるユダヤ人虐殺に疑問を持ち,それをヴァチカンに訴えたクルト・ゲルシュタインも福音主義教会の信徒でした.(Cf. 映画『 ホロコースト -アドルフ・ヒトラーの洗礼- (2002) 』(原題: "Der Stellvertreter")
*4) 諸国民の中の正義の人 in Wikipedia
*5) Carl Lutz in Wikipedia
*6) Idem.

Tuesday, 3 March 2015

ビスマルクを沈めたRNのベテランの回顧談とフォトギャラリー (ドイツ語)

ドイツ帝国海軍の戦艦ビスマルクは,すでにデンマーク海峡において英海軍のフッドを撃沈しており,その仇を討つべく,当時,出撃可能なすべての部隊が投入されることになったのですが,投入可能な航空機は旧式の複葉機フェアリー ソードフィッシュで,搭載可能魚雷は1本,しかも軽量のため,投下すると反動で自然に機体が上昇してしまうという,かなり心もとないクラフトでした.しかも,当日(1941年5月26日)の気象条件は極めて悪く,台風並みの風力10が観測されていて,搭載艦の空母アーク・ロイヤルの艦首が12mも海中に没する状況.甲板上では立っていることさえもできません.
 
そうした悪条件の中,アーク・ロイヤルから飛び立ったソードフィッシュのうちの1機に乗り込んでいたのが志願パイロットのJohn Moffatさん.彼が投下した魚雷はビスマルクに命中,同艦に致命的な損傷を負わせたということが15年後の調査で判明しています.モファットさんは,現在95歳.お元気でスコットランドのハイランド地方の小さな村Pitlochryの老人ホームで暮らしておられます.楽しみは,定期的に通う地元のパブでの友人たちとの歓談だそうです.

このお話の続きは,SPIEGELのVersenkung der "Bismarck" Himmelfahrtskommando über dem Atlantikでご覧下さい.なお,フォトギャラリー(16枚)は,こちらです.(1枚目は,フッドとの戦闘で被弾した際のビスマルク.)

Tuesday, 17 February 2015

第二次世界大戦に関するいくつかのサイト (ドイツ語, フランス語, 英語)

先週のARTEの番組Youropeで紹介されていたものです.
最後は,ポーランド映画『ワルシャワ1944』の公式サイト (英語). DVD / ブルーレイはすでにリリースされています.

なお,ワルシャワ蜂起を扱った映画としては,他にアンジェイ・ワイダ監督の『地下水道』があります.(ワルシャワ蜂起を題材にした最初の映画.)

Friday, 13 February 2015

ドレスデン空爆から70年

1945年2月13,14の両日にかけてドレスデンは連合軍の激しい空爆にさらされ,少なくとも市民25,000人が命を失いました.なお,同市は1944年の10月から1945年4月までの間8回もの空爆を受けています.ドレスデンでは,本日の午後,市民の寄付によって再建された聖母教会で特別な集会が予定されています.MDRのサイトにギャラリーなどが掲載されています.(Cf. Gedenken an Bombennacht vor 70 Jahren: Dresden, eine verwundete Stadt in SPIEGEL)

Wednesday, 14 January 2015

ベルゲン・ベルゼン収容所開放の記録など - ARTE+7より

いずれもアウシュヴィッツ収容所開放70周年記念番組.上の映像は,1945年春のベルゲン・ベルゼンの強制収容所の開放の模様を記録映像で綴ったもの.ここでアンネ・フランクと彼女の姉マルゴットは命を落としました.編集したのはアルフレッド・ヒッチコック,ビリー・ワイルダー.(英国,2014年)その下は,ヨーロッパ各地における1945年当時の状況を証言によって再現したもの.



なお,アウシュヴィッツに収容されたものの,カメラマンとして徴用されたため生き残った男性の記事へはこちらから.