Friday 31 August 2012

地中海に消えたロンドン五輪出場の夢

ソマリアというと,すでに弊ブログ*1)において取り上げたように,2012年の失敗指数(Failed States Index)が,調査対象国中最も高く,コンゴ共和国と共に,生活環境の危険度がもっとも高い(Very High Alert)という評価を得ている国です.

それだけ多くの問題を抱え,人々が安心して暮らせる環境が整っているとは到底思われないソマリアですが,実は,前回のオリンピック北京大会には,ニ名からなる選手団を参加させています.

その内の一人,サーミヤ・ユスフ・オマール(Saamiya Yusuf Omar)さんは,女子陸上の選手で,開会式では旗手を務めました.そして,出場した200mでは,残念ながら,最下位となりましたが,そのゴールインの瞬間,観客全員が拍手して彼女の健闘を讃えました.

イスラム原理主義者によって支配されるソマリアでは,彼女のような女性のスポーツ選手は白い目で見られがちですが,そうした境遇も含め,様々なハードルを乗り越えつつ訓練に励み,彼女は北京の競技場で世界のトップランナーたちと走る機会を得たのでした.

彼女は,ソマリアの内戦が始まった1991年,モガディシオで生まれました.お父さんは,彼女が子供の頃,路上で殺害されたそうです.彼女の下には,6人の弟や妹がいました.

「世界のトップランナーたちと行進するのは,本当に素晴らしい経験でした.」彼女は,北京大会に出場したとき,インタビューされ,そう答えました.しかし,その後,彼女が持ち続けていたはずの次回のオリンピック出場の夢は,実現する事はありませんでした.

彼女が,地中海上で亡くなったことを伝えたのは,元ソマリアのオリンピック選手で,1987年のローマ大会の男子陸上1500mに出場し,ソマリアにとって唯一の金メダルを獲得したアブディ・ビレ(Abdi Bile)さんでした.アブディさんは,ソマリアのオリンッピック委員会との会見の席上,嗚咽で声を震わせながら,今年の4月,サーミヤさんが,彼女たちを乗せ,リビアからイタリアに向かって出航したボートの上で息を引き取ったと語りました.ロンドンオリンピック開催のわずか4ヶ月ほど前,スポーツを唯一の心の支えとして,つらい境遇を生き抜き,新しい世界で自分の可能性に挑戦することを夢見た21歳のアスリートを襲った悲劇でした.

今年のロンドン大会の参加国リストにソマリアは含まれていませんが,参加したアスリートの中に,ソマリア出身者がいました.男子陸上5000mと10000mで優勝した,モ・ファラ(Mo Farah)選手です.彼は,亡命先の英国の選手として出場し,一躍受け入れ国のヒーローとなりました.

Fortress Europeというブログによると,自由や安全,そして,より高い生活の質を求め,また,時には,サーミヤさんのように,その夢を実現するためにヨーロッパに渡ろうとして地中海上で命を落とした人の数は,過去20年間で,18000名にも上るそうです.その中には,私が滞在したアルジェリアの人たち*2)も含まれる事はいうまでもありません.

("Des JO à la mort, la tragédie de Saamiya la Somalienne" in 2012年8月22日付電子版Le Mondeより)


*1) cf. 失敗指数(Failed States Index)と獲得メダル数の関係をみてみると
*2) アルジェリアからヨーロッパに渡るため違法出国を試みる人々は,ハラガ(Haraga)と呼ばれ,年々其の数を増やしている.

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