9月1日付電子版Spiegel誌の記事"
Nervenkampfstoffe:Warum Syrien Chemiewaffen-Macht bleiben wird"からの抜粋です.
シリア内戦による死者の数は,すでにおよそ10万人を数え,全国民の1/4が避難民となっています.こうした中,アメリカは軍事介入の気配を見せていますが,仮に攻撃の目的がシリアが保有している化学兵器の破壊であるとしたら,それが実施されても何の効果はありません.というのは,仏紙"Journal de Dimanche"が報じるところによれば,フランス政府の複数の情報機関(DGSEおよびDRM)の過去30年以上にわたる調査活動によるとシリアは数百トンのマスタードガス,数十トンのVXガス,数百万トンものサリンガスを保有しており,その量は全体で1000トンを超えるものでまさに世界で最大規模の化学兵器庫というわけです.これらの猛毒兵器はSS-21,Scud-B,そしてScud-Dなどのミサイルに搭載され最長で500 Km離れた目標に到達が可能です.
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こうしたとんでもない量の化学兵器を破壊しようとするならば,大量の地上兵員を投入する必要があるというのが専門家の一致した意見です.実際,ペンタゴンは,そのためには75,000名の地上部隊と専門技術者の投入が必要としていましたが,ヨーロッパの同盟諸国による協力の可能性は今や完全に無くなりました.空爆によって部分的でも化学兵器を破壊しようとしても,それらがどこに隠されているのか判りませんし,それに加えてこの数ヶ月間に化学兵器は国全体に分散されてしまったといわれています.
仮に,どこにどういった種類の化学兵器が隠されているか明確に把握出来たとしても,ことは簡単には進みません.攻撃によりそこに存在する化学兵器が空中に拡散してしまうというもの専門家の一致するところです.そうなれば,さらに多くの一般人が犠牲となり,また尋常ではない規模の環境破壊を引き起こすことになります.アメリカのArms Control AssociationのDary Kimbsall氏も,「ある種類の化学兵器は中和させることは可能だが,それ以外のものは拡散してしまう.すべてを破壊する事は永久に不可能.」と述べています.フランスの専門家Ralf Trapp氏によると,化学物質を破壊するにはおよそ650°程度の高温が必要だそうです.さらに,アメリカの空爆作戦において使用されるトマホークですが,化学兵器の破壊を目的とするのであればあまり良い選択ではありません.James Martin Center for Nonproliferation StudiesのAmy Smithson氏は,トマホークを用いて化学兵器の格納庫を攻撃した場合,その爆発によって猛毒の雲が形成され,周囲に甚大な健康上の被害を及ぼすことが懸念されると述べています.
事実,1991年1月,第二次湾岸戦争の際,アメリカ軍はイラクのMuthannaにおいて2500 発ものサリンガスによって充填された砲弾が置かれていた地下倉庫を爆撃しましたが,暫く経ってからそこから南に数百キロほど離れた同盟軍のポストで神経ガスセンサーの警報が鳴りました.爆撃地点の周囲では死者も出なかったので,そのときは誤作動によるものだと思われましたが,今年の3月,科学雑誌"
Neuroepidemiology"に掲載されたテキサス大学のRobert Haley氏たちの研究によると,爆撃直後,大気中に放出された多量の神経ガスは上空高高度において拡散し,数百キロ離れた地点においても神経系統に障害を発生させ得る程度の密度を持っていたそうです.爆撃された地下倉庫は現在でも汚染の度合いが非常に高いため,防護服を着けないと近づけない状況だそうです.
空爆による猛毒のガスの大気中への拡散に加えて,もうひとつ懸念されるのは,空爆後,破壊されなかった化学兵器が反政府軍の中のイスラム過激派の人たちの手に移ってしまうことです.というのも,専門家たちの意見によると,空爆によって化学兵器を破壊しようとしても少なくとも20から30%が破壊されずに残ってしまうとされているからです.