先日の参院選挙の結果について,何か面白い解説記事が無いかと思い,フランスやドイツ,そしてスイスの主要なメディアサイトを眺めてみましたが,これといって目に止まったものはありませんでした.ドイツでは,"Die Welt"が経済記事として自由民主党の勝利を扱い(cf. "Nach der Wahl in Japan bleibt der Jubel aus"),その中で,シティグループのエコノミストのインタービューを引用しながら,持続的な経済成長のため刺激策が不足しているといいながらも,ドイツの投資家も日本を投資先として検討できるかもしれないなどと書いています.同じくドイツの"Spiegel"も,7月21日付電子版の"Erfolg für Japans Regierung: Abes Koalition gewinnt Oberhauswahl"でごく簡単に伝えたのみ.*1)(なお,同誌は,福島第一原子力発電所の原子炉の汚染水が海に流れ出していたというニュースは,しっかり伝えていました."Fukushima: Radioaktiv kontaminiertes Wasser ist ins Meer gelangt")系列誌の"Manager Magazine"の電子版の"Abes Koalition gewinnt die Wahl in Japan"は,同誌の性質上経済的視点から書かれたもので,果たして構造改革が進展するかなどといった内容.なお,同誌サイトに掲載された"Droht das Abegeddon?"は,選挙前7月19日付の記事ですが,結論としては安倍内閣が行っている市場への大規模な資金投入により短期的には経済は上向くだろうが,農業分野や年金制度を対象とする,支持層からは歓迎されない構造改革は先送りされるのではないか.そうなれば,結果としてさらに国の負債は増加する.安倍首相は構造改革よりもむしろ憲法改定に積極的に取り組むのではないか.それは東アジアのさらなる不安定化を招くだろう.スイスのUBS銀行のアナリストAlexander Friedmanは,こうした日本が将来置かれかねない状況をハルマゲドンならぬ"Abegeddon"(アベゲドン)という言葉で表現している.
ところで,冒頭にフランスのメディアにも面白い記事が無かったと書きましたが,それでも"L'EXPRESS"の記事"Japon: Shinzo Abe remporte le Sénat et tous les moyens de sa politique"の中でひとつ気になったことがありました.安倍内閣になってから防衛予算が増額されたというもので,そういえば,そんなニュースもあったっけと思い出しながら,それについての解説はないものかとあちこち眺めていると,スイスの連邦工科大学(ETH)内の国際関係及び安全保障研究所(ISN)の研究員による短い記事が目に止まりました.判り易い英語で書かれていて,論理も至って明解.以下リンクです.内容は,安倍内閣の保守的日本の再生への取り組みは無視出来ないが,今回の防衛予算の増額はそれを反映したものかというとその可能性は低いというもの.とはいっても,今回の選挙において首相の所属政党が勝利し,結果的に憲法改訂へのワイルドカードを手にした場合,そうも言えなくなる可能性もあることも最後に書かれていました.(当該記事の日付は,2013年6月27日.)その他にも興味深い記事がいくつかあったので,リンクを載せておきます.
- Abenomics and Japan's Defense Priorities
- Towards New Political and Economic Agreements with Japan
- Japan’s Choice: TPP Rule Setter or Follower?
- US-Japan Economic Relations
今回の日本の防衛費の増額は,軍事的に強い国を目指すためという理由によるものなのか,そして,それは経済の再生が成功した時点で継続的に実施されるのだろうかというと次の三つの理由から疑問がある.
一つ目は,今回計上された防衛予算は,現行の防衛政策を遂行して行くにあたって必要な額と思われるもので,さらに,防衛費の対GDP比1%の枠は簡単にははずされないだろうというもの.
二つ目として,中国を始めとする対アジア防衛政策における予算配分を見る限り,自衛隊を増強して周辺国からの脅威に対抗する姿勢は見えにくい.実際,予算の増加からみた場合,むしろ国土交通省に属する海上保安庁に向けられた予算の増額のほうがおよそ40%と顕著であり,特に那覇の第11管区海上保安本部に割り当てられた予算の額が目立っている.
さらに,一つ目の理由に関連することだが,米国の戦略国際問題研究所(CSIS) のAsian defense expendituresなどが分析しているように,現在,防衛予算のうち隊員の人件費は実にその45%にのぼっており,そのため研究開発や武器の調達はおろそかにされ,こうした状況が継続すれば従前の防衛力を維持すること自体が困難になるだろうといわれている.こうした構造を修正するために安倍内閣は隊員の人件費をおよそ4.5%削減したものの,根本的な問題を解決しようとする姿勢は見えない.これらのことから,日本の対アジア防衛政策における現今の周辺国からの脅威への対抗策としては,自衛隊よりむしろ直接的に関係する海上保安庁の警備力の充実強化を進めていると判断できる.
最後に三つ目の理由として, 今年6月,安倍首相は訪日したフランスのオランド首相と原子力技術研究に加え,防衛装備品開発においても協力することで同意したが,これも防衛費の増額との関連性は薄い.同様の協定はすでに民主党の野田内閣時代,英国との間で調印されており,むしろ日本の軍事産業界の要求に応えるためのもの,すなわちほぼ純粋に経済的な理由によるものというべき.
以上です.
なお,個人的には,選挙の争点にするしないは別として,真剣にアジア,特に北朝鮮からの脅威への対抗手段について議論をするのであれば,日本から同国へ流れる資金の問題を取り上げるべきと思うのですが,最大の資金源と言われるパチンコを全廃することについての議論は,日本ではタブーのようですね.自民党議員や野党議員の中には,献金元としてのパチンコ業界と強固な絆で結ばれている方もいるようですし.また,様々なパチンコ関連団体が天下り先である警察組織にとっても全廃など想像もできない措置でしょう.そもそもパチンコの存在自体,日本が法治国家でないことの証だと思っているのですが,米国から文句でもいわれない限り現状は変わりそうもなさそうです.米国から文句をいわれたら直ちに全廃するのでしょうが...不思議な国です.(cf. 若宮 健 著『なぜ韓国は,パチンコを全廃できたのか』(詳伝社新書 226),詳伝社,東京,2010年.日本を理解するため,次期駐日米国大使Her excellency Caroline Kennedy氏に是非ご一読されることをお勧めしたい一冊です.)
*1) このポストを書いた時点で,Spiegelには参院選の結果についての記事が掲載されていないと書きましたが,再確認したところ関連記事が見つかったのでそれに沿う形で内容を変更させていただきました.お詫びしてご報告させていただきます.
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