Sunday, 30 August 2009

アメリカと日本は本当に価値観を共有しているか

少々小言幸兵衛のようですが、最近、テレビを観ていて政治家(例えば、今の総理大臣)などが口にする言葉で気になったものがあるので、ご紹介します。

それは、「日本とアメリカは価値観を共有している」という言葉です。この言葉を聞くたびに「うーん。確かに表面上はそう見えるかもしれないけど本当にそうなのかなぁー」と頭の中でつぶやいています。さらに、「ナイーブと言うのか、よくもまぁそう自信をもって言い切れるものだ」とも。

彼らによると、日本はアメリカ同様、民主主義や自由主義を信奉しているからというのですが、確かにこの間の戦争に負けて、戦勝国のアメリカの指導によりこうした考えを土台にした諸制度が導入されました。でも、そのちょっと前までは、「進め一億火の玉だ」とか、「一億層玉砕」とか叫ばれていたわけで、現人神と仰ぐ天皇を頂点とする国体護持のためにすべての国民が生命を犠牲にすることが求められていたのです。(8月15日がすでに過ぎているにもかかわらず、このようなことを書くのは少々季節遅れかもしれませんが。日本では、季節ごとに語られるテーマが決まっているので。)

それが、戦争が終わったと同時にアメリカの従順な教え子として、恩師から教わる様々な価値観を無条件で受け入れるようになる。こうした変節がなぜ可能だったのか、不思議でならないのです。といいますか、そのときアメリカから教わったことは、今でも本当に理解されているのだろうかという疑問が、最近頭から去らないのです。

先日、『戦前日本人の対ドイツ意識』という本を読みました。なかなか興味深いことが、しかもわかりやすく書かれていて、読んで得した気持ちになった一冊でした。この本によると、1930年代、ナチスが政権を掌握したとき、日本では人種差別を公言するヒトラーに対する警戒感のほうが支配的でしたが、1939年のドイツのポーランド侵攻に始まる、周辺各国への電撃的な軍事作戦の成功が伝えられると世論はこぞってドイツを贔屓するようになります。個人より国家を重視し、前者は後者に奉仕すべきという国家社会主義(Nationalsozialismus:ナチズム)は、日本の国体護持を最優先とする思想に近いなどという論説なども現れます。とにかく強い者につきたがるというのは、この民族の伝統的な習性のようです。

「バスに乗り遅れるな」という合言葉が新聞に頻繁に現れるのはこの時期です。ようするに、勝ち馬に乗り遅れるなということです。1940年、フランスがドイツに屈して、アジアにおけるその影響力がなくなったと判断するやいなや、日本は仏領インドシナへの進駐を開始します。

ここで面白いと思うのは、この時期、日本では、「ドイツ最高、ヒットラー万歳」という風潮が支配的だったのに反して、当のドイツにおいては、ポーランド侵攻、すなわち実際の戦争への突入を契機に、国民の国家に対する信頼が揺らぎ始めていたということが、最近の研究でわかってきたと言うことです。

手元にある『Volkes Stimme』という本にそのあたりの事情が述べられていて、例えば、「フォルクス・ワーゲン貯蓄」の加盟者数の推移がそれを如実に示しているといいます。「フォルクス・ワーゲン貯蓄」というのは、当時、購入代金の半分まで貯蓄すれば、ナチスが生産している文字通りの国民車であるフォルクス・ワーゲンを手にすることができるという制度ですが、その加入者の数が、1938年から1939年までは、8万から10万だったのに対して、戦争が始まった1940年の12月には、2万以下に減少しているのです。―75%以上という急激な落ち込みです。この調査を紹介したPhilipp Kratz氏は、これは、国民のナチス、すなわちヒットラーの戦争遂行能力に対する信頼の変化をあらわしているといいます。誰だって、自分の国の将来に不安を感じるとき、国営の機関などにお金を預けようとは思いませんものね。

戦時中、ドイツに対してこの国の国民が抱いていた熱狂は、戦後は、ドイツや日本を敗北させた超大国アメリカへと向かいました。変わり身の早さ、変節の巧みさには驚くものがあります。そして、現代においては、自分たちはアメリカと価値観を共有していると自信をもって言い切ってしまう。こうした日本人の、自らの過去をいとも簡単に忘れてあっけらかんとしている姿勢に漠然とした危うさを感じてしまう昨今なのです。

参考:
岩村正史『戦前日本人の対ドイツ意識 』, 2005, 慶應義塾大学出版会 
Göty Aly 編『Volkes Stimme Skepsis und Fürervertrauen im Nationalsoyialismus』, 2006, Fischer Verlag GmbH, Frankfurt am Main

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