Wednesday, 24 June 2009

旅先にて(6)土地の新聞より

数日前の記事ですが、いくつかご紹介します。

最初は、14歳の男子中学生が、川に飛び込み、溺れていた10歳の女の子を助けたという話題。場所は、Aare川の畔、Flumenthalという、比較的多く人が訪れるところだそうで、地図を見ると、Solothurnという都市に近く、BaselとBernのほぼ中間です。

14歳のドミアノさんが、友人たちと一緒に日光浴をするため、芝生を上にタオルを広げようとしようとしたとたん、女の子の叫び声を聞きました。彼女は、母親と一緒にこの場所に来ていたのですが、母親が友人と話しをしている間に、川に入り、石につまづき、急な川の流れに巻き込まれていたのです。もちろん、母親はすぐに気づき、川に入って助けようとしたのですが、自らも溺れかけ、自力で岸に戻るのがやっとだったそうです。

ドミアノさんは、警察に通報するとともに、川に沿って女の子を追いかけ、そして自ら川に飛び込み、彼女を救出しました。彼自身、サッカーは好きだけれども、泳ぎはそれほど得意でもないとのことですが、当時、水温もかなり低かった模様で、警察によると、もし彼の行為がなければ彼女は助からなかっただろうとのこと。

(6月19日付電子版『Solothurner Tagblatt』に掲載された「Das ist der junge Lebensretter」より)

(なお、上記新聞のサイトに、ドミアノさんの写真が載っています。例えば、「Lebensretter」、あるいは「Flumenthal」で検索すると記事が表示されますので、ご興味があれば。正直に言って、「この人、本当に14歳なのかな」と思うほど、しっかりした顔つきの好青年です。)

次は、地球温暖化に関する話題。

ご多聞にもれず、当地での関心も強く、とりわけ深刻な結果として、この10年間でスイスの氷河全体の8分の1が解けてしまったことが、6月23日付の『Blickabend』に紹介されていました。

(「Rekordschmerlze」より)

最後は、歴史に関するお話です。

先日の6月18日ですが、1940年のこの日、ロンドンの亡命政権におけるド・ゴール将軍は、亡命先からラジオを通じてフランス人に、ドイツ軍の侵攻に対しての抵抗を呼びかけたそうです。放送は、その日の夜19時に流れ、フランスの歴史に残る演説のうちのひとつに数えられているそうです。

でも、確か、ド・ゴール将軍も日本人のことを「エコノミック アニマル」と呼んだというようなことを、どこかで聞いたような記憶があります。(Web上で探しても、確たる記録はありませんでしたが。)この「エコノミック アニマル」という言葉は、もともと、当時のパキスタンの首相ブット氏が、(本当かどうか知りませんが)日本を褒める意味で用いたことばだったとか。しかし、今でも日本人をanimal économiqueと称する人たちが、フランス人の中にもいます。(例えば、日本の戦後史に関する記述などで。)

もともと唯一の創造神を信じるキリスト教文明においては、人間と他の被造物(つまり、人間以外の動物たちや自然)との間には厳然たる区分けが存在しています。人間には、他の被造物を管理するという義務が負わされているのと同時に、それらを利用することが許されています。その点、日本の神道(幕末以降相当キリスト教の影響を受け、本来持っていなかった創造神や死後の審判といった思想を取り入れましたが)においては、人も神も自然(つまり動物なども)、皆イザナギとイザナミの二柱の神より生まれ出でており、さらに、イザナギ、イザナミももとをたどれば、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産霊神(たかむすびのかみ)、そして神産霊神(かみむすびのかみ)から生まれ出でているわけですから、皆家族親戚のようなもので、すでに述べたような西洋的な人間と動物がまったく異なる被造物であるといった考え方は基本的にはありません。

ようするに、西洋人が人間を動物の範疇に含めるということは、ちょっと問題があるように思えるのです。歴史を見ると、西洋において人間の虐殺が行われる場合、虐殺の対象はすべて人間の範疇からはずされています。つまり、西洋人にとって組織的に殺戮を行う場合、その対象となる人たちは、キリスト教が定義する人間ではないことが必要なのです。例えば、悪魔と契約を結んだ魔女のように。(フランスで迫害をうけたユグノーたちも同様です。)そして、ナチスによって殺害されたユダヤ人たちなど。後者は、キリストを殺したために呪われた人種であり、そのほかありとあらゆる理由によって人間以外の存在とされてしまいました。

最近では、キューバのグアンタナモ収容所で虐待を受けた人たち、あるいはまた原爆が投下されたときの日本人も、上記の意味で、アメリカ人から人間に害をなす人間以外の存在と見做されてしまったのでしょう。

仮に自分より劣った存在であったとしても、人間の範疇(つまり、自分たちと同様に神から造られた本来の人間)に含まれている場合は、そうした劣った存在を教え導く姿勢も西洋文化には見られます。でも、一旦、それらの存在が人間と見做されなくなった場合、想像を超える規模の悲劇が人間の手によってもたらされてしまったのです。もちろん、今は(すくなくともヨーロッパは)、そうした危険に気づいていると思いますが。

少し、深刻な方向に話を持っていってしまいましたが、明日からマルセイユの友人を訪ねて南仏に出かけます。天候が心配ですが、また、折に触れて現地の模様をご報告させていただきます。

旅先にて(5)

自分のブログに例の奇妙なウサギ人間の写真を載せたことを、世話になっている家の奥様(何を隠そう、留学時代以来、こちらで私の親代わりになってくださっている方ですが)に伝えると、「あんなへんてこりんなものより、もっと気の利いたものの写真を載せたら」とのご提案を頂いたので、他のオブジェの写真も何枚かご覧に入れたいと存じます。とりあえずは、当たり障りのなさそうなものから。下は、村にある2軒の高級ホテルの近くの公園です。

次から、陳列されている作品ですが、いずれにしてもどこかしら奇妙であることには間違いないような気がします...

最初は、上の写真に写っている教会の向かって右側の芝生の上に置かれたオブジェです。上からぶら下がっているのは、ご存知ミケランジェロのダビデ像、そして、その下で一生懸命にそれを避けようとしているように見えるのがミロのビーナスです。(はるか遠くに見える村のプロテスタント教会の尖塔が、ダビデをつついているように撮影しようとしたのですが、やめました。 )

次は、村にある2軒の高級ホテルのひとつの近くで撮影したもの。道路の奥の右側がそのホテルです。道路に停車中の自動車が何で出来ているかお分かりになりますか。
実は、このように大理石でできております。原寸大のキャデラックだそうです。下に「乗車禁止」と書いてありますが、乗ろうにもドアが開かないことには...木刀みたいな自動車です。そして、その下は、本物のポルシェ。上記の高級ホテルの前に止まっています。そしてそれを眺めているのは、首から上が煙突だったりする一群の彫像。
次は、多少スイスらしい雰囲気の、木彫りの牛だか、馬だかの行列です。

そして、その下は炭鉱などで用いられるトロッコに人の顔が詰まっているという作品。なんとなく石田徹也さんの絵を思い出したので、撮影しました。

最後は、円空か、木喰(もくじき)上人の手による仏像さながらのリスの彫像です。(こちらは、別に今回のトリエンナーレの出品作ではありません。が思わず手を合わせたくなるような、どこかしらありがたい厳かさを感じてしまいます。)

Sunday, 21 June 2009

旅先にて(4)

仏検を受験された皆様、ご苦労様でした。いうまでもありませんが、今晩はとりあえずテストのことは忘れ、十分に休養なさってください。

さて、私のほうはといいますと、天候にはさほど恵まれてはいないものの、お蔭様で引き続きのんびりさせていただいております。昨日は、バーゼルにある友人の妻君の実家を友人の家族と訪ねました。昼食後、こちらへ戻る友人家族を見送り、妻君のご母堂と久しぶりにバーゼルの町を散歩しました。まずは、現在開催中のヴァン・ゴッホ展を観に美術館へ。これまであまりゴッホには興味をもたなかったのですが、折角来ているからにはと訪れてみましたが、なかなか見ごたえのある展覧会で、ゴッホの人生の流れとそれに伴う画風の変遷がとても分かりやすく示されていました。帰りは、バーゼルからの直通の急行でしたが、たまたま、同じ列車に上記友人夫妻の長男Flurin君(19歳)が乗り会わせていました。前回、訪れたときまでは、ずっとドイツ語で話していたのに、何故か、今回は私とはフランス語で話してくれます。大きくなって、異国人に対するスイス人らしい配慮が身についてきたんだなと嬉しく思いました。おしめをしているころから知っている子が、ブロンドの背が高いbeau garçonに成長していて、歳月の過ぎるのを本当に早く感じます。

ところで、以前の報告の中で、今回のトリエンナーレではウサギのオブジェが公衆トイレの上に乗ったりしていると書きましたが、見れば見るほど奇妙な風景なので、写真を載せます。宿泊先のダイニングから見える風景です。画像のほぼ中央に見える円形の建物が公衆トイレです。
こちらの人はBarbie Hase(バービー人形ならぬ、バービーウサギ)と呼んでいますが、下がアップの画像です。確かに首から下は女性のようです。奇妙なウサギ人間がトイレの上にしゃがみこんでいて、「ウサん臭いということなのか」と思ったりするのは日本人の私くらいのものでしょうけど...
最後に雨空の下の宿泊先の裏庭です。聊かの風情が感じられたもので。

Friday, 19 June 2009

Simpei君へ

コメントどうもありがとうございます。今日は、また雨です。天気任せののんき旅なもので、別に構わないのですが、それでもあまり雨が続くとさすがに参ります。明日は友人夫妻の奥さんの実家があるバーゼルへ彼らと一緒に行き、現地の美術館で現在開催中のバン・ゴッホ展を観に行こうと思っています。帰国したら、またいつか、ゆっくりとお話をさせてください。勉強がんばって。そして、くれぐれもお体を大切に。

旅先にて(3)

こちらの報道から得たものではありませんが、昨日の小旅行の道中、些細なことですが、ひとつ気がついたことがあったのでご報告します。
逗留先に戻る列車を待っていたLandquartという駅で、別のホームに入線してきた列車のある車両の出入り口近くに設置された、行く先等を示す電光掲示板に、「ESPACE SILENCE」と表示されているのも見つけました。他の車両の電光掲示板にはこの表示はありませんでした。
はて、なんだろうとスイス国鉄のサイトを見ると、当該車両では以下の行為は禁止とのこと。
・会話(小声で行う場合も含む)・音楽やラジオを聴くこと(ヘッドフォンを装着する場合も含む)・PCにおける音声や動画の再生・電話での通話
そういえば、フランスのTGVの車両にも、ZENとZAPという2つの区分が設けられていることを思い出しました。前者は、スイス国鉄における「ESPACE SILENCE」に近いもので、後者はその逆に会話、歓談、トランプなどのゲーム等が許されていて、ようするに「騒々しいお客様専用車両」ということです。ただ、TGVのZENでは、ヘッドフォンでの音楽鑑賞は許されているようですし、少し規制がゆるいようです。
ただ、このスイス国鉄の「静粛車両」ですが、必ずしも期待どおりではないといった書き込みが土地のWEB上の掲示板にありました。完璧ということは、ありえないようです。

旅先にて(2)

仏検を受験される皆様は、いよいよ試験日が近づいてきましたね。緊張の中、日々をお過ごしになっている皆さんに比べ、一人のんびりさせていただき、申し訳ありません。
なお、先に投稿した時事用語のヒントですが、最初の投稿後、いくつか加えましたので、眺めなおしてみてください。
さて、昨日ですが、良い天気だったので、滞在場所から電車とバス乗り継ぎ、Müstair(ミュスタイア)という、スイスの東端に近い村を訪れました。なんでも、そこのベネディクト会ザンクト・ヨハン(女子)修道院は世界遺産に登録されているそうです。いくつか写真をとりましたので、掲載します。

上記修道院の教会の中を見せてもらい、墓地を含むその庭から出ようとすると、いきなり近くのベンチに座っていた男の子から「こんにちは」と声をかけられました。びっくりして「日本語が話せるの?」と聞くと、それだけしっているとのこと。さらに、一緒にいたもうひとりの男の子から、さようならは、日本語でなんていうのかたずねられたので、教えてあげました。余程多くの日本人が訪れるのでしょうね。(昨日はたまたま会いませんでしたが。)




ところで、現在滞在中のBad Ragazですが、彫刻のトリエンナーレが開催されています。今回で、4回目とのことです。というわけで村のいたるところにさまざまなオブジェが展示されていて(公衆トイレの上に大きなうさぎが座っていたり)、少々不思議な世界が展開しています。

上の二枚は、どちらも駅から逗留先の家に至る村のメイン・ストリートを歩いていて目にした風景です。右側は、集合住宅の庭に配置されたオブジェ、そして右側はジャコメッティを思い起こさせる長細い人の彫像が、向こう側の歩道を眺めるように並び立つ様子です。真ん中の人影は、何を隠そう私自身のものであります。

Thursday, 18 June 2009

旅先にて(1)

お伝えいたしましたように、15日から1ヶ月程の予定で、留守にしております。その間、恐らく新たな投稿はできないと思いますが、とりあえずご報告までに滞在先の付近で撮影した写真を載せさせていただきます。(こちらにいながら、現地の話題について投稿ができないというのもおかしな話ですが、ご容赦ねがいます。)

スイスというと、連なる山々や巨大な氷河など、なんとなく雄大な光景を思い浮かばれると思いますが、このあたりで目にするのは、スイスといわれるとそうかもしれないと思われる程度のこじんまりまとまった風景です。なお、滞在しているのは、Bad Ragaz(バード・ラガーズ)という温泉地で、歩いて行ける程度の距離のところに『アルプスのハイジ』の中で、病弱のクララが暮らしていたMaienfeld(マイエンフェルト)の村があります。これらの写真は、そのマイエンフェルトで撮影したものです。

Sunday, 14 June 2009

仏検1級時事用語のヒント

仏検1級受験者の皆様

対策講座の受講、たいへんお疲れ様でした。また、隔週の講座を受講され同様に1級を目指されているY様、たいへんお疲れ様でした。

ご参考までに以下にいくつか(出題されそうな?)時事用語をご紹介いたします。


・豚(A/H1N1型)インフルエンザ grippe porcine

・冤罪 fausse acusation

・核(兵器)の拡散 prolifération nucléaire

・核実験 essai nuclaire

・大陸間弾道ミサイル missile balistique intercontinental

・核弾頭 tête nucléaire

・EMS細胞 cellule souche embryonnaire

・地上デジタル放送 télévision numérique terrestre

・(司法における)DNA鑑定 test ADN judiciaire

・エンドユーザ(末端顧客) utilisateur final

・(Windowsのような)基本OS système d'exploitation

・USBメモリ clé USB

・デジタルコンテンツの違法コピー piratage numérique

・知的財産権 propriété intellectuelle

・ハッブル宇宙望遠鏡 téléscope spatial Hubble

・国連安全保障会議常任(非常任)理事国 membre (non) permanent du Conseil de Sécurité de l'ONU

・合計特殊出生率 taux de fécondité

・臓器移植法案 projet de loi transplantation d'organes
(「臓器移植」については、過去に出題されたような気がしますが)


とりあえずは、このあたりで。また、もし皆様のなかで、他の言葉を思いつかれた場合は、お手数ですがコメント欄へのご記入をお願いいたします。

Good Luck to everyone!

Friday, 12 June 2009

経済危機に強い旧東ドイツ?

6月11日付『Le Monde』誌より

6月9日公表されたドイツ政府の報告によると、旧東ドイツに属していた州のほうが、他の州(旧西ドイツ諸州)よりも今回の世界的経済危機の影響が少ないことがわかったそうです。
例えば、2009年の第一四半期における加工業の業績について言えば、西側が-21.1%だったのに対し、東側は、-16.1%でした。そして、2009年の国内総生産の見通しも、西側の-6%に対し東側は-5%となっています。

もちろん、旧東ドイツ諸州の比較的好調な経済は、危機の影響を受けにくい環境技術や先端技術産業関連の企業が多く存在していることにも一因はあるでしょう。しかし、記事によると、むしろ旧東ドイツ諸州の構造的な問題が、皮肉にも今回の危機に対する抵抗力を与える結果になっているというのです。

具体的には、旧東ドイツ諸州は、旧西ドイツ諸州に比べ、工業の発展においてははるかに遅れをとっています。そして、存在する企業というと、大企業というよりは、むしろ中小企業が多く、それらの輸出依存度は極めて低いのです。

つまり、旧東ドイツ諸州の経済は、基本的に内需によって回っているということがその"強さ"の原因というわけです。ただ、当該地域の経済が、いまだに政府からの支援を受けていることも忘れてはいけません。

さらに、ベルリンの壁の崩壊から20年を経た今日でも、東側の国内総生産は、西側のそれの71%にしか及ばす、また、5月の失業率も13.2%と、西側の7%のほぼ2倍です。東側の失業率のさらなる増加を危惧する専門家たちもいます。そして、西側に比べ、もともと旧共産圏諸国とつながりの深い東側において、今後、前者における経済危機の影響を受けやすいということも指摘されています。

ドイツ政府は、その支援政策が期限を迎える2019年までには、旧東ドイツ諸州の経済水準が、西側諸州のうちそれが最も低い州の水準にまで引き上げられることを期待しているとのことです。

(「L'ex-Allemagne de l'Est résiste mieux à la crise que l'Ouest」より)

美女とベットの上の野獣?

次にやはり、同じ6月11日付電子版『Spiegel』誌に掲載されていた、少々変わった話題をご紹介しましょう。

(もともと『The Times』に掲載された記事とのことです。)

所は、マグネチック・アイランド(クイーンズランドの東海岸沖:グレートバリアリーフの側)。オーストラリアの南部から休暇で現地を訪れていた3人の若い女性観光客が、ホテルの部屋でなんと一頭のコアラと遭遇。しかも、彼は部屋の中のベッドにひとつずつ上ってそれぞれの快適さ(?)を比較した上で、最終的に青とピンクの花柄のベッドの上に横たわり、うたたねをはじめたとのこと。どうやら、それが一番寝心地が良いベッドだったようです。

『The Times』によると、どうやら近くの木から下りた際に、誤ってホテルのテラスに入り込み、そのままこの部屋にまで入ってきてしまった様子とのこと。

彼女たちは、その様子を面白がって観ていましたが、やがて付近のコアラ・ツアーガイドに通報。このコアラ君は若いオスで、その写真を見せられたツアーガイドのリーダーは、以前生れた際に自分が発見したものと同じ個体であると特定、よく元気で生きていたものだと久しぶりの再会に感動していたそうです。

事件の舞台となったマグネチック・アイランドにはコアラたちの餌となるユーカリが生い茂り、現在200頭ほどが生息しているそうです。

しかし、寝心地の良いベッドを選ぶとは恐れ入りました。そのうち、家具センターにでも迷い込んできたら、数があるだけに相当時間をかけて選ぶでしょうね。もっとも寝心地の良いベッドを。コアラのお墨付きのベッドです。

(「Touristinnen finden Koala im Hotelbett」より)

ドイツ日本人学校におけるA型インフルエンザ感染(続報)

6月11日付電子版『Spiegel』誌にデュッセルドルフ日本人学校におけるA型インフルエンザ感染の続報が掲載されていました。(日本のメディアも伝えていますが。)

すでに30人を超える感染者が児童・生徒の中に確認されており、彼らの家族も検査を受けているとのことです。

これらの日本人(32人の感染者)を含めると、ドイツ中で100人を超える感染者が現在確認されています。

(「Massentest auf H1N1- Viren in japanischer Schule」より)

Thursday, 11 June 2009

ドイツ日本人学校におけるA型インフルエンザ感染

6月10付電子版『Spiegel』において少々気になった記事があったので、お知らせしておきます。

「Fast 30 japanische Kinder in Düsseldorf erkrankt」

例に漏れず、ドイツでもA型インフルエンザの感染者は増加していますが、昨日の水曜日、ノルトライン―ヴェストファレン州(州都:デゥッセルドルフ)において、新たに40人の感染者が報告され、そのうち26人が、デゥッセルドルフ日本人学校の生徒とのことでした。(学校のHPによると27名)当該校においては、すでに前日の火曜日に2人の生徒の感染が確認されており、この生徒達から周囲に広がったものと思われると市当局の説明がありました。この日本人学校には、560名もの生徒が通っていますが、7月19日まで閉鎖されるとのことです。

なお、現時点におけるドイツ全体の感染者数は100人以上にのぼっています。

この学校には以前の私が教わった先生も赴任されていたことがあり、フランス留学中、お宅でお正月を過ごさせていただいたことがありました。

感染した生徒の方々が一日も早く完治されますよう祈ります。

Tuesday, 9 June 2009

赤白混合によるロゼワイン非認可へ

敬愛するTさんへ

フランス文化通、そして何よりもフランス・ワインに精通され、フランスを愛してやまないTさんにとって朗報です。

以前、ことによると欧州連合加盟各国において(当然フランスも含めてですが)、白ワインと赤ワインを混ぜることによる”ロゼワイン”の製造が解禁されるかもしれないとお伝えしましたが、どうやら、先日の欧州議会選挙で保守派が優勢となり、そのせいもあって上記の方法によるロゼワインの製造が欧州連合域内においては認可されないことになりそうです。つまり、これまでどおりの製法で製造されたロゼワインのみが欧州原産のロゼということになります。

この法案の採決は6月19日に予定されているそうですが、現在、フランスはもちろん、ギリシャ、ドイツ、ハンガリー、イタリアが当該法案に反対しており、そのため成立に必要な過半数には達しないことが確実になったようです。

米国やオーストラリアなどでは、赤白混合によるロゼワインの製造が認められているそうですが、やはり文化や伝統を大切にするお国柄ですね。(フランスのワイン製造業者曰く、こうした製法は”異端”とのこと。)

なお、現在、フランスにおけるロゼワインの輸出量は、年間2000万本、赤ワインは31億2千万本、そして白ワインは12億2千万本とのことです。

(2009年6月8日付電子版『LePoint』「Les producteurs de vin rosé crient victoire」より)

Friday, 22 May 2009

インフルエンザと虫送り

先の投稿で言及しましたが、感染した方が通う学校に帰宅の際に利用した鉄道路線を利用している子どもの親から、もし、自分の子が感染したらどう責任をとるのかといった電話があったそうです。

この記事を目にしたとき、ふと、地方の伝統的な風習である虫送りの行事のことを思い出しました。今でも、あちこちで実施されていると思いますが、その名残が残っている場所もあります。ようするに、稲などに害を与える虫たちを村はずれまで送ってゆく、つまり自分たちの村から追い出すという行為を模した宗教儀礼です。あるいは、魔よけとして、大きな草鞋を村はずれ、つまり境界に飾るというのも、同じ願いの表れです。この場合は、「このように大きな草鞋を履く生き物がいるのだぞ。悪鬼よ、入ってくるな」というメッセージがこめられているわけです。

もともと、山や谷などによって囲まれ閉鎖性が強く、地縁と血縁で結ばれた、いわば家族の延長のような村落共同体が生活の場だった私たちにとって、自らが属するもの以外の共同体や前者と後者の間に存在する空間は、まったく別の論理や原則が支配する世界、あるいは異次元といえるようなものであり、それらから侵入しようと悪鬼たちはシャットアウトすべきですし、反対に自分たちの共同体のなかで作物に害を与える虫たちは、よその共同体に行ってもらいたい。そこで、どれほど作物に害を与えようとしったことではない、というわけです。こうした姿勢についてその良し悪しを議論するとことは意味がありません。ただ、伝統的にそのような文化が育ってきただけの話です。

明治以降の急速な近代化、工業化によって、こうした、地縁血縁集団=生活の場および一生を過ごす場といった伝統的な民族文化は、壊れてゆきました。もっとも、すでに江戸時代頃からそうした構造は、少しずつ壊れ始めていたかもしれません。しかし、そこでは、異なる共同体の出身者たちも、新しい擬似家族を構成することで、伝統的な地縁血縁集団に近い性格をもつ組織に所属することができたのです。「大家といえば親同様、店子といえば子同様」といった考えです。

明治国家も、やはり大きな家族としてスタートしました。そこにおける究極の父が天皇でした。このような国家制度を考案したのが、明治政府のイデオローグ井上毅です。そして、第2次大戦後、さらに高度経済成長期において、さまざまな社会組織がやはり家族の構造をもっていました。企業、役所、政党等々。しかし、ことなる擬似家族集団の間に存在する場は空白のまま残されてきたのです。それは、現在でも自らが属する集団を囲む異次元の空間のままなのです。そこで、はじめに紹介した、子どもの親のような発言がなされるわけです。さらに言えば、現在は、擬似家族集団が形成されにくいため、さらにそうした傾向が強くなっているのかもしれません。結局は、文字通りの物理的な家族のみが、そうした集団になりつつあるのかもしれません。極言するならば、自分の家族以外の場は、災厄をもたらすことがない限り関知せず、災厄をもたらしかねない事態が出現した場合は、それを再びそこへ追いやるべき異次元の空間ということです。

日本社会には、Publicという空間の認識、そしてそれに伴う道徳が発展しなかったとよくいわれます。実際、そう感じざるを得ません。日本において、「公共道徳」なるものは、もともと存在せず、擬似家族集団が形成されることで、それに似たような倫理性が保たれていたにすぎないように思えるのです。第2次大戦時、国家のために身を捧げるということは、国家という大きな家の首長である天皇に自身の存在を捧げるということでした。当時、戦争遂行の大儀とされた、「大東亜共栄圏」にしても、東条英機ら指導者たちは、それをやはり家族にたとえることを好んだそうです。つまり、最終的には情緒的な絆で結ばれた要素によって構成されている組織として、家族を提示することで、共同体の存続、繁栄にって必要な一切の道徳、倫理が個々人の行動を支配するようになると信じたのです。
複数の社会集団に属する人々が接する場が、パブリックの場です。しかし、今日でも、そこは依然として異次元の空間であり続けているようです。これまで日本人は、定住農耕民族として長い年月をかけて発展させてきた、自分たちのもともとの有り様と、近代化の模範と仰いだ西洋近代国家の市民社会の違いに気がつかないまま、さらに後者の土台となっているさまざまな思想に関心を向けずに、一人前の近代国家となるべく努力してきました。しかし、果たしてこのような状況のまま、未来に突き進んでいって大丈夫なのでしょうか。そのことについて、インフルエンザよりも不安を感じているのは、私だけではないと思うのですが。

パンとサーカスのRPG

今回の新型インフルエンザをめぐる騒動から、今の日本の社会の仕組みとそこにおけるメディアの機能について考えさせられています。

少年たちの凶悪犯罪について報道がされる際、それについての識者といわれる人たちのコメントの中に、よくコンピュータゲームの影響ではないかという言葉が聞かれます。そして、彼らは、現実と仮想の区別がつかなくなっているなどと。

確かに十分考えられることではないかと思えます。しかし、それが本当であろうとなかろうと、今、新型インフルエンザをめぐってマスコミを中心にして起きている現象も、ある意味でひとつの”ゲーム”といえるように思えるのです。そして、それに結果的に参加している(あるいはさせられている)私たちは、ほとんどの場合、その認識をもたないまま行動しているような気がしてなりません。

特に小泉自民党の郵政民営化を争点とした選挙から、このゲームははっきりと日本社会に根付いた姿を見せ始めたように感じます。

そのゲームというのは、一言でいうと、「石打の刑」です。それを見物し、参加する民衆に石を投げるべき対象が示され、さらに彼らにその対象に対して投げる石も提供されるというものです。郵政民営化選挙においては、石を投げる相手を示したのが、当時の小泉自民党総裁であり、それをマスコミは大々的に伝えました。そして、比較的最近の小沢前民主党代表の代表辞任に至る経緯においては、彼を刑場に引き出したのは、文字通り検察庁です。前者において、小泉氏が民衆に提供した石は、「反対勢力」、「守旧派」といった言葉であり、後者において、マスコミは「説明責任」という言葉を石として提供しました。

(さらに以前、紛争状態のイラクへ入国し、誘拐された日本人のグループに対しては、「自己責任」というのがその石でした。)

「あなたは小沢氏が説明責任を果たしたとおもいますか」といった問いを、マスコミが彼らの世論調査の中で人々に投げかける場合、それに対して肯定、あるいは否定の回答を返した調査対象のうち、どれだけの人が説明責任という言葉を自分なりに定義していていたでしょうか。実際は、もっともらしい、なんとなくみんなが投げやすい石になりやすい言葉だっただけではないでしょうか。さらに、気になるのは、この質問に対する回答の比率を”国民”はというくくりで紹介するだけということです。男女別、世代別といったくくりは、出そうとしません。ひたすら多くのパーセンテージを集めるためでしょう。つまり、どれだけダメージを引き起こしているかという「スコア」としての世論調査です。

そして、こうしたマスコミがお膳立てするゲームのストーリーやルールが日常の生活に影響を及ぼしているように思えるのです。その良い例が、今回の東京での初めての感染者として紹介されてしまった、女子高生とその家族や彼女が通う学校です。彼らは非難や誹謗を受け、女子高生は罪悪感さえ抱き、母親を通じて謝罪までしたといいます。

こうしたゲームは、「いじめ」とまったく同じ構造のように見えます。結局、ストレス解消がその目的なのかもしれません。今回のストレスは、もちろん病気に感染するかもしれないという不安です。

今のように、不安が解消されない、つまりストレスが浸透し、高まっている状態において、マスコミによる報道は、結果的に石打の対象として一般の人さえも(その人が被害者の場合も)提示してしまう可能性があるのです。より正確にいうならば、マスコミ側にその意図がないとしても、その報道に接する私たちの側に、「石打の刑ゲーム」のストーリー展開とルールがあまりにも深く刷り込まれてしまっているために、報道の対象となった人をほとんど無条件で石打の対象と理解してしまう可能性があるということです。「魔女狩り」、「犯人(あるいはスケープゴート)探し」の構図がそこで生れます。ひたすら衆目を個別特殊の対象にのみひきつけようとする。そこには公平や普遍といった視点は微塵も見られません。実際、日本のマスコミにおいては、前の投稿で紹介した『Le Monde』の記事のように、今回のことから本当の原因を追求しようともしないし、さらに今後の危険性についての報道がほとんどなされません。ただ、毎日毎日、今日はどこで何人が感染したという報告ばかりです。

ところで、話題にならないのが、日本人の咳やくしゃみに対する姿勢。欧米人と比べて特に違和感を感じるのが、日本人のくしゃみの仕方です。口や鼻をハンカチで覆うなど一切しない。だから、マスクをしたがるのかもしれません。もともと、くしゃみとは、鼻から体内に入ってきた悪魔を「糞でも食め!」といって対外に排出する行為と考えられていたようで、それからすると口や鼻を塞がずに思い切り行うというのは自然なのかもしれません。それでも、外国ではあの音を聞くと周りの人は驚くようで、ハワイの空港などでは日本語で、「くしゃみの際はハンカチで口や鼻を覆いましょう」といった表示があるとか。

Thursday, 21 May 2009

経済効率の優先とインフルエンザ

5月20付電子版『Le Monde』より

経済効率最優先の、家畜の密集度が非常に高い養豚場、あるいは養鶏場は、今回のインフルエンザのような疾病の病原体を生み出してしまう可能性があるといわれています。こうした環境においては、ウィルスは連鎖的に感染し、遺伝子を交換しあうなどして変異する機会が与えられてしまうためです。(米国の国立保健衛生局の調査結果:cf.Journal of Environmental Health Perspectives, 14 novembre 2006)

さらに、自然では到底存在しえないほどの密度で、豚や鶏が飼育されている場合、そうでない場合に比べ、一般に病気に罹る罹る確率も高くなります。それを防ぐために、多量の抗生物質が飼料に混ぜられ継続的に与えられます。このことから、こうした養豚場や養鶏場で発生、あるいは変異した病原菌は、すでに抗生物質に対するある程度の耐性も備えてしまう可能性があるというのです。実際、フランスの国立保健医療研究所(Inserm)の報告によれば、養豚場に勤めている人たちから、抗生物質に対して耐性も持っているバクテリアが検出された例もあるそうです。

人が罹る疫病は、いつも、それまで別の動物のみが感染していたウィルスが突然人間にも感染するようになって発生しています。現時点では、新型インフルエンザ(A/H1N1型)は弱毒性といわれています。しかし、専門家たちはかなり以前から、それよりはるかに強毒性の鳥インフルエンザのウィルスが豚に感染するようになり、そして豚から人間に感染するようになることを恐れています。こうした変異を物理的に阻止するため、欧州連合では、域内において、養豚場と養鶏場の近接を禁止しています。

さて、今回のインフルエンザの病原体ですが、その発生地として各方面から疑われているのが、メキシコのベラクルス州のラ・グロリアの養豚場です。現時点ではその確証はないのですが、唯、この養豚場を経営しているスミスフィールド・フーズについては、同社が経営する養豚場の付近で発生した呼吸器系の疾患について、養豚場の豚との関連についての当局の調査を拒否したり、また、強制調査によってその関連が疑い得ない事実と判明した後もそれを否定し、こうした姿勢をとり続ける同社に対して批判が集中しているそうです。

今回のインフルエンザ騒動も、元をただせば、人間の経済効率最優先の"業"(ごう)が生み出してしまったものかもしれませんね。

「Grippe A : il faut en finir avec les usines à virus, par Marie-Christine Blandin et José Bové」より

(この記事を書いたのは、緑の党の国会議員で鳥インフルエンザに関するレポートの責任者Marie-Christine Blandin氏と農業経営者で欧州議会選挙にヨーロッパ・エコロジー党から立候補しているJosé Bové氏です。)

Tuesday, 19 May 2009

鳥インフルエンザ

本日付のLePointにも、世界保健機構の事務局長チャン博士(Dr.Margaret Chan)の会見の内容が紹介されていて(「GRIPPE A - L'OMS craint un échange de gènes entre virus porcin et aviaire」、やはり、現時点においてはH1N1に比較してはるかに致死率が高い季節性のインフルエンザ用のワクチンの確保を最優先にすべきという方針だそうです。

とはいえ、同時にH1N1のウィルスが鳥インフルエンザのそれと交じり合って、この二つのウィルスによりも人体への危険性が高いウィルスが誕生してしまう可能性も否定しなかったことも伝えられていました。

鳥インフルエンザといえば、5月16日付のSpiegelに、なぜ鳥インフルエンザが人間に感染しにくいのか、英国の科学者による実験の結果、その原因が判明したという記事に載っていました。(「Kalte Nasen lassen Vogelgrippe-Viren frieren」)ロンドンの王立カレッジのWendy Barclay教授のグループによる発見だそうで、その原因というのは、人間の鼻の内部の温度が、鳥インフルエンザが繁殖するには低すぎるのだそうです。(詳しい内容は、『PLoS Pathogens』という専門誌に掲載されています。)

なお、Barclay教授による新型インフルエンザに関する解説が、BBCのサイトに掲載されていました。

12時間で完了する新型インフルエンザのテスト実用化へ

そういえば、5月5日のTF1のニュースビデオで紹介されていましたが、パスツール研究所で、12時間で完了する新型インフルエンザのテストが実用化されたそうです。

Novaritis、新型インフルエンザ用ワクチン製造可能

19日付電子版Le Figaroより

スイスの製薬会社Novartisは、H1N1用のワクチンの製造準備が整ったとの発表を行ったそうです。後は、WHOとアメリカの疾病予防管理センターからのゴーサインを待つだけとのこと。WHOのとしては、まず、世界の大手製薬会社に季節性インフルエンザ用ワクチンの製造に専念してもらい、十分な量が確保できた段階で、今回の新型インフルエンザ用ワクチンの製造を開始してもらいたい模様。そのため、当面は夏の終わりごろがその開始時期と見られています。そのころには製薬会社が、季節性インフルエンザ用のワクチンの製造が完了する見込みのため。なお、新型インフルエンザ用ワクチンは、Novartisのほか、Sanofi-Pasteur(本社:フランス,リヨン)、GlaxoSmithKline(英国)が製造を開始できる状態にあるそうです。

Sunday, 17 May 2009

自殺 他国と日本(その3)

自殺に関するSpiegelの記事とは、2004年2月4日付の同誌の電子版に掲載された「Depressionen werden besser aufgefangen」のことで、リードには、ドイツにおける自殺者の数は、1982年と2002年を比較すると、実に40%以上も減少したと書かれています。(1982年のドイツにおける自殺者数は、18,711人で、2002年では11,163人)その原因として専門家たちは、うつの治療の進展と予防策の効果を挙げているとのこと。

例えば、ミュンヘンの神経科医Ulrich Hegerl氏の調査によると、今日、うつの治療は以前に比べて大幅に進歩しており、それがこうした結果をもたらしているというのです。同氏は、「人は健康であれば、困難な状況におかれていたとしても、希望を失うことはなく、助けを求めようとする」と言っています。興味深いことにHeger氏の調査では、実際、処方される抗うつ剤の量は近年増加傾向にあるといいます。

また、自殺予防に役立つ情報の提供、さらに効果的な予防プログラムも功を奏しているというのが専門家の意見ですが、国の予防プログラムの責任者(当時)のArmin Schmidtke氏は、減少したといっても、いまだに年間11,000人の自殺が発生しているということは深刻な事態に変わりはないと言っています。それでも2002年から7年経過した今日、OECDの統計を見る限りは、幾分鈍化しているようにも見えるものの減少傾向は続いているようです。

因みにドイツ政府が運営している自殺予防に関するサイトのURLは、
http://www.suizidpraevention-deutschland.de/Home.html
で、非常にわかりやすくできています。

日本でも内閣府が運営している同様のサイトがあり、URLは、
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/
です。

Friday, 15 May 2009

自殺 他国と日本(その2)


(グラフ上をクリックをすると、拡大表示されます。)
このグラフは、OECD加盟国のすべてのデータを含んだものではありません。日本のほかでは、変化の仕方に特徴があると思われる9つの国を選んでいます。なかでも特に注目したのは、ドイツです(水色)。ドイツは、一時期10万人当たり20人を超す時期(1978年)もありましたが、2005年では、そのおよそ半分の10.3人にまで減少しています。同様の傾向を示すのが、デンマーク(黄緑)、スウェーデン(緑)、オーストリア(クリーム)です。

これを見て、以前読んだドイツのSpiegelの記事を思い出しました。

自殺 他国と日本(その1)

自殺者が増加傾向にあるということが話題になっています。

先日、OECDが加盟各国の社会の様々な面を分析した『Society at a Glance 2009』が発行され、その中の自殺に関する情報が、Web上で公開されていたので少し眺めてみました。

(http://www.oecd.org/document/24/0,3343,en_2649_34637_2671576_1_1_1_1,00.html#dataの中のSuicidesにリンクされているエクセル文書)

以下に、上記資料に掲載されていた2005年の各国の自殺率(人/10万人)を紹介します。(降順)

24.7 Korea
21.0 Hungary
19.4 Japan
18.4 Belgium
16.5 Finland
14.6 France
14.1 Switzerland
13.8 Poland
13.8 Austria
12.7 Czech Republic
11.9 New Zealand
11.3 Denmark
11.1 Sweden
10.9 Norway
10.9 Slovak Republic
10.4 Iceland
10.3 Germany
10.2 Australia
10.2 Canada
10.1 United States
9.5 Luxembourg
9.2 Ireland
8.7 Portugal
7.9 Netherlands
6.3 Spain
6.0 United Kingdom
5.5 Italy
4.4 Mexico
2.9 Greece


まず、驚いたのは、韓国における自殺率が10万人当たり24.7人とOECD加盟国中最も高いということ。日本は2位のハンガリー(同じく21.0人)の次の第3位(同じく19.4人)です。次に驚いたのは、フランスが上位10位内に含まれているということです。

実は、今回、この資料を閲覧したのは、最近読んだ電子版『LePoint』(5月5日付)の「ÉTUDE - Les Français, champions du monde du sommeil et de la table」の中で、日本人は余暇の55%をTVを観て過ごすと書かれていて、本当にそうか確認するためだったのですが(この記事自体『Society at... 』を基にしています)、そこではフランス人は睡眠時間と食事の時間において世界チャンピオンであると書かれていました。つまり、彼らは世界で一番長く眠るし、また、食事もゆったり摂るということです。そして、やはりOECDのデータによると世界で一番長い有給休暇を(平均37日)取っているとのこと。それにも拘わらず、自殺率においては、上位に位置しているのです。スイスの人から、スイスは自殺率が高いと以前から聞かされていましたが、フランスは、スイスを僅かながら上回っています。どういうことなのでしょうか。それでも、日本に比べるとフランスでの自殺率は、3割以上低いのですが。

次にOECDの統計から、各国における年毎の自殺率の変化をグラフにしてみました。

現代の祭の一側面

今日の午後3時半からのTBSラジオの番組の中で取り上げられた話題。最近、地域の祭りにおいて神輿の担ぎ手が不足している。対応策として、他地域の人に参加してもらうことの是非について、聴取者の方も参加して議論がされていました。いわゆる氏子以外の人に、お神輿を担いでもらって問題はないのだろうかという疑問を持つ人もいるようです。

番組の中では言及はありませんでしたが、《祭》を実行する際の前提である、氏神-氏子というシステムは、かなり昔に崩壊してしまったといってよいでしょう。

もともと、この氏神-氏子システム(伝統的な神道、あるいは古神道と申しましょうか)は、地縁・血縁によってまとまっている日本の伝統的な共同体において発展してきたもので、生まれると即、土地の氏神様の氏子になるわけです。この点では、多少、ユダヤ教などに共通している点もあるかもしれません。しかし、このシステムでは、その土地以外で生まれたり、暮らしている人を氏子集団の中に受け入れるのは非常に難しい、というよりは、そういった人々、つまり他所者を受け入れるということは、もともと想定されていなかったのです。(これは、一般的な意味での神道、さらには日本の民族性を理解するうえで重要なポイントです。)

それに比べて、たとえばキリスト教は、信仰告白、そして洗礼という儀式を介すれば、その人のそれまでの人生や現在の状況にかかわりなく信徒の集団に加わることができます。

祭を実行する側としては、神輿の担ぎ手がいないのは悩みの種ですが、氏子でない人たちの手を借りてでも祭は行うべきという考えが存在する(実際にそういった対策をとっている地域もあるようです)のは、経典も、体系的な教理も、そして信仰告白およびそれを承認する儀式も存在せず、ただ生まれれば、その土地の氏神(柳田國男がいうところの祖霊の融合したもの)の氏子に《自然に》になり、その土地を離れない限り、一生氏子を辞めること(背教?)がない、ある意味ではたいへんおおらかな宗教観が刷り込まれているわれわれだからこその悩みなのかもしれません。