Friday, 5 September 2014

ちらっと見かけたオールドタイマー

6月のある日曜日,滞在先の村で開かれた旧型自動車によるレースに参加したもののうち数台を撮影した写真です.(レースと言っても一斉に走る訳ではなく,一台ずつ指定されたコースを走ってタイムを競うというもの.)自動車のことは全くと言ってよいほど判らないので,メーカー名及び車種以外の説明は割愛させていただきます.(より詳しいデータをお知りになりたい場合は,こちらのリストをご覧下さい.各車のプレート上の赤い○の中の番号が,リストに記載されているStartnummerです.)

Burlington Arrow
Idem.
Citroen 11 BL(テレビドラマ名探偵ポワロの『ゴルフ場殺人事件』や『青列車の秘密』にこのような車が登場していました.なお,同TVシリーズ各話に登場する自動車については,こちらのサイトをご覧下さい.)
Idem.
Idem.
MG TF
Idem.
Bentley LeMans Eight 1941年モデル
Idem.
Idem.
Idem.
Idem.
これは,どこのメーカーでしょうか?
レースが開催された村の全景

夕暮れの村(II)

撮影場所は,Bad Ragaz,Giessen Park周辺などです.






ライン川
駅のホーム
滞在先のお宅の玄関にあった時計も黄金色の夕日に優しく包まれていました.シュトルムの『マルテと彼女の時計』を思い出しました.

Thursday, 4 September 2014

世界で加速する脱原子力発電の動き

以下は,8月6日付電子版Spiegelの"Der schleichende Atomtod"に基づいています.

理由は,単純にコストがかかりすぎるということです. 確かに,すでに脱原発を決めたドイツでは,電力料金の値上げに国民から悲鳴が聞かれ,中国などの新興国では,その向上しつつある工業生産力を維持するために電力の需要が一層高まっています.では,元々安上がりな電力源として喧伝された原子力発電に再帰,またはそれを推進すべきなのでしょうか.

フランスのエネルギー専門家Mycle Schneiderは,こうしたシナリオは全く考えられないと言います.彼が率いる研究チームが最近公開したリポート"World Nuclear Industry Status Report"によると,現在,世界的に原子力発電が後退しつつあるというのです.

同リポートによると,2002年以降,世界に於ける発電用原子炉は,およそ50基ほど減少し388基となっています.しかも,これら388基のうち43基は少なくとも18ヶ月に亘り未稼働のままです.

さらに,1966年以降,全世界における発電量に占める原子力による発電量は17.6%から10.8%へと減少しているのです.こうした傾向に,福島の核災害が拍車をかけたことは否めないでしょう.しかし,2011の災害発生の前にすでに13%へと減少していたことも事実なのです.(こちらの図をご覧下さい.)

また,新たに建設される施設が少ないため,世界中に存在する原子力発電施設の平均年齢は28.5年となっており,そのおよそ半分が31年以上の稼働歴を持っています.そのため,もし,今後10年間,全世界の発電量における原子力発電の比率を現状のまま維持することは,あらたな原発建設ブームでも起きない限り不可能です.(こちらの図をご覧下さい.)

それでは,経済成長の著しい中国やインドはどうでしょうか.少なくとも,現時点において,両国にはその電力需要を積極的に原子力によって賄う姿勢は見られません.BRICSに於ける例外と言えるのは唯一ロシアのみで,残りのブラジル,インド,南アフリカにおける原子力発電の全発電量に占める比率はパーセントにすると一桁に過ぎません.

こうした状況下,ドイツなどの工業国が脱原発に舵を切った結果,1996年以降,全世界における原子力による発電量は,世界的に高まり続ける電力需要にも拘らず2500テラワットに留まっています.

その一方で,中国などは多くの新たな原子力発電施設を建設しつつあることも事実です.しかし,これら建設中のプラントの3/4では,少なくとも数ヶ月もの工事の遅れが発生しています.こうした遅れは中国に限ったことではなく,世界的に見ても同様で,計画された68もの新規原発建設計画のうち,9件は20年以上も前に着手されたものの未だに竣工に到達していません.少なくともこれら9件は永久に完成しないでしょう.

なお,中国が将来的にその電力需要の殆どを原子力発電で賄うかというと多いに疑問です.絶対量を見る限り,この国は世界において最も多くの電力を原子力発電から得ていることは確かです.(比率的には電力量全体の2%.)しかし,同時に再生可能エネルギーによる電力量は,すでに全体の20%にも達しているのです.(各国毎の原子力発電の比率については,こちらの図をご覧下さい.)

冒頭に述べたことに戻りますが,今や,原子力発電は,少なくとも経済的視点から見る限り,もはや意味がなくなっているのです.実際,過去10年間に於いて,新設される原子力発電施設による発電にかかるコストは,1キロワット時あたり8倍に増加しました.具体的な例として,英国のHinkleyに於ける新規プラントの建設事業が挙げられますが,もはや建設費は増大するばかりです.(Cf. "EDF Energy urged to give up on Hinkley C after bank's report" in Western Morning News, 2014年9月2日付電子版)

同時に,原子力発電自体のコストも,多くの国ですでに実施されている再生可能エネルギーへの財政的援助や核燃料への新たな課税により上昇しており,それらの国ではもはや採算に合わなくなっているのです.そのため,ドイツのE.ONは,運転中のグラーフェンラインフェルトの原子力発電所を政府の計画を7ヶ月前倒しして停止させる意向を示しています.

最後に,新たな発電施設建設への投資額を見ても原子力発電の時代は終焉に向かいつつあることは確かのようです.リポートが伝えるところでは,新たな原子力発電施設の建設への投資額は3%,翻って再生可能エネルギー施設の建設へは57%に昇っているそうです.

映画『オリエント急行殺人事件』(1974)に登場した車両

今年の夏,パリのアラブ世界研究所に於いて,この映画の撮影で使用された車両が展示されました.

フランス国鉄の230 G形353号機.1963年の『007 ロシアより愛をこめて』など,他の多くの映画に出演したそうです.国鉄に編入される前はパリ・オルレアン鉄道の機関車で,普通/急行旅客/貨物列車の牽引に活躍.16 tという軽軸重のため,大体どの線区でも走れる万能機として重宝がられました.ただ,その軽い軸重のため,勾配区間はやや苦手だったようです.*1) ニックネームは" La Chieuvre".(山羊:Chèvreのことのようです.)右奥に見えるのは,食堂車n°2869"Anatolie"(61 87 08 70 019-9).*2) 230 Gの後ろの建物はアラブ世界研究所の本館で,屋上はパリの街が一望できるお薦めスポットです.(入館無料.但し,入口で持ち物チェックあり.)
食堂車n°2869"Anatolie"(61 87 08 70 019-9)*2) 内部観覧が可能な3両は,この食堂車とL字を描くように奥の建物の手前に平行に配置されていました.なお,ミュルーズの鉄道博物館には,食堂車n°3348が展示されています.
元々,Flèche d'Or号に連結されていたプルマン車n°4159 "Flèche d'Or"(61 87 09 70 159-2)*2) 左手の階段が観覧順路の入口.実際に大陸内でオリエント急行にプルマン車が連結されたのは,第二次世界大戦後のことで,しかも試験的なものだったようで需要が少なかったため,すぐに廃止されたそうです.(Wikipediaの"Pullmanwagen"の情報.)
食堂車,プルマン車,サロン・バー車の側面中央のワゴン・リ社(CIWL)の紋章.車両番号(プルマン車)の左には,登録されているフランス国鉄を表すSNCFの文字が見えます.
展示されていたのは4両ですが,内部が観覧できるのは3両のみ.左奥からプルマン車,寝台車,サロン・バー車.4両目の食堂車アナトリーは,レストランとして営業中でした.(アナトリーの内部の画像は,"voiture restaurant anatolie"などのキーワードで検索してみてください.また,ヨーロッパの鉄道車両のイラストレーションやスクリーンセーバーを提供しているサイトがありますが,その中のCIWLの車両のページへはこちらから.)
7つのシングル/ダブル個室と4つのトリプル個室から構成される寝台車Yt形n°3927.この車両の内部のみ撮影禁止でした.(CIWLの最も旧いタイプ(Y)のため,傷み易いからとのこと.)なお,ミュルーズの鉄道博物館には,最高グレードの寝台車LX形n°3532が展示されています.また,英国シルドンの国立鉄道博物館には,かつてロンドン,パリをフェリー経由でダイレクトに結んだNight Ferry号用に製造されたF形のn°3792が展示されています.(ナイト・フェリー号は,かなり以前に一度だけ利用したことがあります.)同じくロンドン,パリ間を結んでいたゴールデン・アロー号では車両の航送は行われなかったので,乗客はフェリーで英仏海峡を横断し,ドーバーとカレーで同名の別列車に乗り換える必要がありました.
サロン・バー車n°4160 "Train bleu" (61 87 09 70 160-0)*2)
1両目のプルマン車内部.奥は,『スタンブール特急』や『第三の男』などの作者として知られるグレアム・グリーンの座席を再現したもの.(揺れる車内でタイピングは可能でしょうか.)
3両目のサロン・バー車内部.手前は,アガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』の登場人物の1人アーバスノット大佐の席のようです.
サロン・バー車内に再現されたアガサ・クリスティーの座席.コートには彼女の写真と説明が書かれた札が下がっています.それを見ると,彼女はシンプロン・オリエント急行およびイスタンブールとアダナを結ぶタウルス急行の常連客だったとのこと.(置かれている写真や新聞の切り抜き(『オリエント急行殺人事件』の着想を得たという,実際に起こったチャールズ・リンドバーグの息子誘拐殺害事件の記事)などから,まさにこの作品を執筆中といった雰囲気.(出版された本もテーブルに載っていますが.)彼女の席の向かい側は再婚した夫の考古学者マックス・マローワンの席.さらに個々の車両の内部の写真は,ジェローム・ギャランさんのFacebookをご覧下さい.
以下,La Chieuvreの写真を数枚.
フレンチロコによく見られる運転台の窓のアーチが優美な印象を与える230 Gのプロフィール.二気筒で動輪直径は1,750 mm(そのせいもあるのか,炭水車(17 D)の車輪がやたらに大きく見えます.),最高速度は100 km/hです.なお,今回の催しで展示された353号機の動態復活計画がAPPMFによって進められていて,同団体は2015年の工事完了を目指しているとのことです.詳しくは,APPMFのFacebookをご覧下さい.(フランス語)(寄付も受付中だそうです.)また,フランス国鉄の同機に関するページへはこちらから.(フランス語)
折角なので,正面も.先輪2軸,従輪無しの3動軸のテンホイラー (Ten-Wheeler)にもかかわらず,軸重16 tとあって,ボイラーはかなり細身.気品を感じさせるシルエットです.白く塗られた緩衝器もおしゃれですね.ちなみに,緩衝器はフランス語で(le)tamponです.
そして,1日も早い動態復活を願って,最後に正統的ポジションから.
アラブ世界研究所の近くで見かけた朝の街の風景
フランス国鉄の発表によるとオリエント急行の展示会には,期間中,250,000人もの入場者が訪れたそうです.なお,同国鉄は,新しい内部デザインのオリエント急行の運行を企画しているようですが,写真を見る限り,あまり魅力は覚えません.(ウェブギャラリーへはこちらから)また,Le Monde Cultureの4月7日付関連記事"L'Orient-Express, la traversée de l'Histoire à toute vapeur"へはこちらから.

ここからは,クリスティの『オリエント急行殺人事件』で殺人の現場となった当時の列車がどのようなものであったのかを見てゆきます.本作品が出版されたのが1934年であるため,その頃のオリエント急行です.まず,路線図から.
クリスティーの『オリエント急行殺人事件』が執筆された時代の路線図.(Wikipediaのオリエント・エクスプレスより)これを見ると,上記のシンプロン・オリエント急行(Simplon - Orient - Express)が,彼女がよく利用したというカレー(およびパリ)とイスタンブールを結んでいた列車の正確な名称であることが判ります.その理由は,スイスのシンプロン・トンネルを抜けてイタリアへ入るからです.実際に,クリスティも作品の中で,この名称を用いています.また,グラアム・グリーンの『スタンブール特急』(1932年出版)の舞台はオランダのオステンデからインスタンブールですが,上の図と下の編成表を見る限り,直通の客車は1両(最後尾から2両目の寝台車)のみだったようです.(上の図での細い線は,本編成に合流する駅迄,別列車に併結されるKurswagenと呼ばれる客車を表しています.なお,オステンデ・ウィーン・オリエント急行という列車も存在していました.)
上の図から,一口にオリエント急行と言っても,厳密には,その名称を含む複数の列車,具体的には'Orient Express'(パリ東駅-ミュンヒェン-ウィーン-ブダペスト),1919年4月から運行が開始された'Simplon Orient Express'(パリ・リヨン駅/カレー-ミラノ-ベニス-トリエステ-ザグレブ-ベルグラード-アテネ/-ソフィア-イスタンブール)が存在していたこと,そして,それらのおのおのが発着駅が複数あり,異なる駅を出発した編成が途中で併結分離を行い,それぞれの目的の駅へ向かっていたことが判ります.クリスティの作品の中でも,アテネ発の編成がベルグラードでイスタンブール発の編成に併結されることが記されていますが,上で述べたように事実です.

次に,殺人が行われたイスタンブール発の編成ですが,2両の寝台車と1両の荷物車だけの至って簡素なもので,食堂車はトルコとブルガリアの国境の駅カピクレ(Kapikure)まで連結されていませんでした.つまり,列車内での食事は,翌朝の朝食から提供されるのみで,出発当日の夕食は乗車前に予め済ませるか,個人で用意しなければなりませんでした.もっとも,イスタンブール発は22:00なので,列車内で夕食を提供する必要もなかったのではないかと思われます.2両の寝台車のうち,1両がカレー行きで殺人事件の現場となった車両です.そして,もう1両パリ・リヨン駅行きです.なお,週に3回,Orient Expressのパリ東駅行きの寝台車1両,またはOostende Orient Expressのブリュッセル/オステンデ行きの寝台車1両が連結され,さらに,週に4回ベルリン行き寝台車1両,またはプラハ行き寝台車1両が連結されました.

ところで,これらの寝台車はSタイプと呼ばれるもので,Sは'Steel'を意味し,それまでの木の台枠に変わって鋼鉄製の台枠を用いており,デビューは1922年.青に金線の塗装は,このタイプから採用されました.車内は1人個室と2人個室によって構成され,2人個室は割増料金を払えば1人で利用できましたが,通常は別の同性の乗客との共用でした.そして,シャワーや風呂も設けられていませんでした.(以上は,マーク・スミスさんのSeat 61のサイトで提供されている情報に基づいています.) なお,クリスティの作品の各登場人物が利用していた個室の位置がWikipediaのこちらの図に記されていますが,これから判断するとS1タイプのようです.(もちろんプルマンカーは,あくまでも物語の小道具(または大道具)でありフィクションです.) 

ここで,テレビの『名探偵ポワロ』シリーズで放映された『オリエント急行殺人事件』で撮影に使用された車両について少し解説させていただくと,イスタンブールのスルケチ駅でポワロが乗り込もうとする車両は,旧ベルギー国鉄の1/2等座席車 n°23009 (50 88 39 48 004-5)*3)で,寝台車でもプルマン車でもありません.(撮影されたのは1等側の出入り口.)また,すでにご説明したように,1930年代当時,イスタンブール発の列車は青塗装に金色の帯の入った寝台車と荷物車のみで構成されていたため,白青塗装の車両は連結されていなかったはずです.なお,英国内で保存されているヴィンテージ車両を調べるには,イングローの鉄道旅行博物館のサイト検索ページが便利です.

なお,気になるクリスティーの『オリエント急行殺人事件』の中で事件が発生したとされる1938年当時の牽引機関車ですが,手元の"BAHN Epoche"の2012年4(秋)号に掲載された1939年8月にブルガリアのソフィアで撮影されたシンプロン・オリエント急行の写真を見る限り,当時,この国における牽引機は,ドイツのハノマグ社によって1930年に製造されたミカド機01形などだったようです.*4) (見た目は,どことなくドイツの03に似た形状をしています.同形の動態保存機の写真はこちら.また,SLMで製造された7両のブルガリア国鉄用01のうちの1両,22号機の動態復活計画が,現在,スイスのフル(241A65協会の本拠地)で進みつつあるようです.)トルコ国内,つまり,イスタンブールからの牽引機は,想像するしかありませんが,恐らくドイツ製の4動軸機45000形から46000形のタイプではなかったかと思います.(上記雑誌に,1939年8月に撮影された,タウルス急行*5)を牽引する46011(2'D)の写真が掲載されていますが,構造的には,旧プロイセン国鉄のP 8をベースに,同じくG 10のシリンダと弁装置,同じくT 18の動輪と先輪を組み合わせたものと言われ,ヴァグナー式除煙板を備えています.)また,製造年代から言って,56000形から57000形も考えられないことはありませんが,これらはすべて5動軸機なので,急行旅客列車の牽引に使用された可能性は極めて低いと思われます.*5) そして,フランス国内では,マウンテンタイプの強力機241Aでした,その他,ドイツ語版のWikipediaにも詳しい情報が記載されています.

以下はおまけの情報です.まず最初は,1988年,はるばる日本までやって来た現代のオリエント急行の写真.寝台車のタイプは最高級クラスのLX

VGBのLegendäre Zügeのお試し閲覧で公開されていたドイツ国内を走行する様子.(厳密に言うと,著作権上問題無きにしもあらずですが...) 牽引機は01 137(現在はドレスデン鉄道博物館で静態保存)+01 531(現在でも各地で運行される特別列車を牽引して大活躍中のアルンシュタット鉄道博物館所有の動態保存機).なお,個人的にこの列車の牽引機として最もふさわしいと確信しているのは,ブルーレディこと01 1102です.彼女は,現在,チェチェニアにて動態修復工事中のようです.
Wikipediaに掲載されていたフリー画像
次は,はるか時代を遡って1921年に於けるシンプロン・オリエント急行のミラノ,トリエステ間の編成表.(Wikipediaより)
面白いことに,食堂車(WR)は先頭の郵便荷物車のすぐ後に連結されています.サロン車はかなり後方ですが,ミラノとトリエステ間のみで連結されていたようです.また,上述したように,この時期,プルマン車は連結されていません.また,使用されていた車両も木製の台枠が用いられた旧式のものでした.
そして,最後は実現しつつある高速列車版のオリエント急行.
2016年春には,パリ,ストラスブール間の新線が全線開通し,両都市間の所要時間が現状より30分短縮されて1時間50分となります.やがては,パリからストラスブール,シュトゥットガルト,ミュンヒェン,ザルツブルグ,ウィーンを経てブラチスラバ,さらにプタペストまでの1500 kmが高速列車で結ばれることになるとのことですが,まさに(シンプロンを経由しないほうの)オリエント急行の現代版といえるでしょう.(全線開通は早くとも2025年以降.)






*1) 粘着重量は,48.6 t.参考迄に,同じ動輪直径を持つ国鉄最大の旅客用機関車C62形では48.23 t(原形),44.59 t(軽軸重形).なお,230 Gの軸配置が2'Cであるのに対し,C62は2'C2'です.
*2) 車両の側面に表記された番号ですが,1922年に国際列車用車両について定められたRICのシステムに従っています.それぞれの数値の意味を知るには,例えば,イタリアの鉄道模型に関するサイトSocietà Lepontina FerroviariaのUICの車両番号システムの解説が記載されているEuropean Freight Car NumberingEuropean Passenger Car Numberingのページ(英語) が判り易く参考になります.

展示された車両のうち,少なくとも寝台車を除いて3両は番号が確認出来たので,上記のページを参考に調べてみると以下のような意味のようです.

  1. 食堂車n°2869"Anatolie"(61 87 08 70 019-9)
  2. プルマン車n°4159 "Flèche d'Or"(61 87 09 70 159-2)
  3. サロン・バー車n°4160 "Train bleu" (61 87 09 70 160-0)
まず,3両に共通の最初の61はEurocity(欧州国際急行/特急)用車両であること,次の87はフランス国鉄登録車両であることをそれぞれ示しています.(ワゴン・リ社はベルギーで設立されましたが,後に本社がフランスに移ったため.)次の数値,08は食堂車,そして他の2両の09はPullman/saloon/party/special carであることを示しています.そのあとの70も3両に共通していますが,これは許容最高速度を表していて,時速160 kmでの走行が可能であるということです.それに続く3桁は製造番号.最後のダッシュの後の数値はセルフチェックディジットです.

プルマン車n°4159の側面下部のRICプレート.最初の160は許容最高速度(km/h).そして,RICの右側のアルファベットは運行可能な国を示しています.("CH"はスイス,"TC"はトルコ("Turkish Republic"の略)です.他は何となく判りますが,"S"はスウェーデンでしょう.スペインは1990年代初頭から新規に敷設された標準軌の高速鉄道路線以外,元々イベリアゲージと呼ばれる広軌(1,668 mm)であり,また,表記は"E"となるはず.さらに,"J"は,もちろんユーゴスラヴィアで,日本を意味したものではありません.)その右の錨のマークは,フェリーによる航送が可能であるという意味です.
*3) 最初の2桁が50なので,国内運行専用車,次の2桁の88はベルギー国鉄に登録されていることを示しています.同じく39は,1等/2等座席車を,最後の製造番号前の48は,許容最高速度が140 km/hであることを示しています.n°23009は,英国のNene Valley Railwayに保存されていますが,食堂車n°2975,1/2/3等寝台車n°3916の2両のCIWL車両も同鉄道によって保存されています. 他にも,英国ではCIWLの1/2等寝台車n°3801Bluebell Railwayによって保存されています.ところで,ドラマに出演したのがNVRのn°23009だとすると,共演した牽引機も,確認出来た形状や車軸配置から言って,ほぼ間違いなく同鉄道で動態保存されている73050 - City of Peterboroughでは?そう思ってWikipediaのBR Standard Class 5の解説を読んだら,正解でした.ということは,撮影地はNene Valley Railway沿線である可能性が高く,そうでなくても英国内ということになります.同機は,同じドラマシリーズの『青列車の秘密』("The Mystery of the Blue Train")にも出演したそうです.それを知って,改めて『青列車の秘密』をみると,列車がパリのリヨン駅に到着した際に映し出される機関車前面のナンバープレートが,フランス風の230 D(またはG) 116(または118)に替えられているのに気がつきました.しかも,軸配置は73050と同じテンホイラー.いやはや芸が細かいと言いたいところですが,1928年のフランス国鉄は設立後はもちろん,それ以前の私鉄の機関車でも煙室扉にナンバープレートがついているものは恐らくなかったと思います.フランスの蒸気機関車の前面ナンバーは,伝統的にフロントバッファービームに表記されているのみです.(英国でも同様のケースが多いように思いますが,まあ撮影クルーたちのご愛嬌だったと思います.)同じく,ニース駅に停車中の列車にも,確認出来たNVR所有の旧ベルギー国鉄1等オープン座席車n°21013(50 88 18 40 013-9)に加え,恐らく,やはり同鉄道所有の旧ベルギー国鉄1等個室(?)座席車のn°21033(50 88 18 40 033-7)も使用されていたようです.(両方の車両番号に共通する18は1等車であること,そして,オープン座席車の場合は16から17列配置,個室車の場合は8室による構成であること,40は,許容最高速度が140 km/hであることを示しています.)

73050は,他にも(ストックショットだと思いますが,)『三幕の殺人』にも出演したようです.なお,この作品にはWSRA7821も出演していました.このように,注意してドラマのポワロシリーズの各作品を眺めてゆくと,他の出演車も目に止まるようになります.例えば,『プリマス行き急行列車』と『二重の手がかり』に出演していたのは,Wikipediaの解説にあるように,GCRLSWR N15Sir Lamiel,また,『ABC殺人事件』,『マギンティ夫人は死んだ』,『負け犬』,『ハロウィーン・パーティー』,『死人の鏡』には,Bluebell RailwayのSR U1638,『スタイルズ荘の怪事件』には,同じくタンク機No. 488,さらに『葬儀を終えて』には,同じくNo.75027,『ジョニー・ウェイバリー誘拐事件』および『西洋の星盗難事件』には,同じくSR Q-class No.541,そして,『猟人荘の怪事件』には,ELRNo.45407.『コーンワルの毒殺事件』には,SDRのGWR 0-6-0PT No 6412.さらに,海を渡ったフランスのドーヴィルが舞台となった『ゴルフ場殺人事件』にフランス国鉄の231 G 558も顔を見せています.同ドラマの中で,やたらに出番が多かったこのエンジンですが,Le Pacific Vapeur Clubが所有しており,オーバーホールも終わりつつあるようで,再び,元気な走行シーンが見られそうです.(フランスのパシフィック機関車のリストはこちら.)なお,ポワロは,長距離を移動するときは,車より列車を好むようです.『ジョニー・ウェイバリー誘拐事件』のラストシーンで,ロンドンまで自分の車で一緒に帰ることを勧めるヘースティングに対し,ポワロは,「列車は車よりすぐれているところがありますよ.燃料切れでストップはしません.」と言って,ロンドンへは列車で帰っています.("Hastings, the train has an advantage on the cars. It is not left without coal.")
*4) "Fuhrmeisters Heimreise im Sommer 1939 Teil 2 (Basra - Hamburg)" in BAHN Epoche,2012年4(秋)号,p44
*5) 『オリエント急行殺人事件』で,スルケジ駅で遅れて来たスウェーデン人の宣教師が慌てて列車に乗り込みますが,そのとき「タウルス急行が遅れたので...」と言いますが,その列車です.

*6) 前掲書, p43

ドラマに描かれたエルキュール・ポワロのクリスチャンとしての側面

間もなく日本でも最終シーズンが放送されるアガサ・クリスティー原作のテレビドラマ『名探偵ポワロ』ですが,最近,これまでに放送された作品をもう一度ビデオで観てみました.そこで,ひとつ改めて気がついた,というか気になったことがあります.それは,以前から少なからず感じていたことですが,原作というよりドラマの中で描かれる(デヴィド・スーシェ演じる)ポワロという人物の宗教観,あるいは彼のクリスチャンとしての姿勢です.例えば,『死との約束』("Appointment with Death")のラストシーンで,彼は,危うく人身売買に対象にされかけ救われた若い女性に次の言葉をかけます."There is nothing in the World that cannot be repaired by the hand of mighty God."(日本語版では,「この世に全知全能の神が,その御手によっていやすことができない傷はありません.」)そして,彼女にロザリオをプレゼントします.そのあと,彼女が,ホテルの内庭から外へ出て行く彼のほうに目をやると画面を白い鳩が横切り,ポワロの姿はもう見えなくなっているという展開です.

元々,Wikipediaの『死との約束』に関する解説にあるように,この小説のドラマ化においてはかなりの変更がなされたようですが,特にこの,原作には無いラストシーンは,制作者が描こうとしたポワロという人物を知る上で重要に思えます.鳩は,聖書が語るノアの洪水後,乾いた陸地が表れたということを知らせたことから希望のシンボルと言えます.(また,先礼を受けたキリストの上に下った聖霊のシンボルでもあります.)上述のシーンの少し前に,ポワロが事件に巻き込まれた一組の若い男女にパンドラの箱についての話をします.ポワロは彼らとの会話の中で,パンドラの箱の中から悪いことがすべて箱から出て行った後に希望も世界へ飛び出したと言います.飛び立った鳩は,その表象として挿入されたのかも知れません.

こうした,ポワロのクリスチャン的姿勢を強調する演出は,生涯を通じて英国国教会の信者であり続け,他のミステリー作家とは異なり,自身の著作においてキリスト教的価値観や世界観を登場人物に直接的に語らせたアガサ・クリスティーの創作姿勢の延長線上にあるでしょうし,さらに言えば,ドラマのポワロ像は,制作者によってクリスティーの視点に立って再解釈されたもの,あるいは,彼女がこの探偵に与えた宗教性を一層強調したものとなっているように見えます.*1) このように信仰に厚いという性質が強調される一方で,ドラマのポワロは女性や弱者に優しく,礼儀正しく正義感に溢れる理想的紳士としても描かれていますが,この点については,相当,原作と乖離があるようです.ただ,これらの彼のキャラクターに顕著な二つの要素から,ことによると制作者は,このベルギー人の小男に中世の敬虔なクリスチャン騎士のイメージを重ねようとしたのかも知れません.(それにしては,趣味がずいぶん贅沢に思えますが.*2))そうした印象を抱かせたひとつの例として,最終シリーズの『象は忘れない』("Elephants Can Remember " )のクライマックスシーンが挙げられます.謎解きの最後の決め手となるフランス人女性とのパリにおける彼女の店での会話の最後,ポワロの質問に対し,感情の高まりを抑えきれずに「あの日,私の人生も終わった」と言い放つ彼女を優しくなだめながら「貴方も私も結婚はしていません.恐らく,今後も結婚することはないでしょう.しかし,彼らは結婚すべきなのです.」というやりとりは,(かなり個人的な感想ですが,)新約聖書の『聖マタイによる福音書』の中の結婚に関するキリストの言葉を暗示しているように思えました.*3) こうした振る舞いを見ると,彼を形容する言葉としては,騎士より,むしろ神父,いえ修道士のほうがふさわしいかもしれません.でも,中世の騎士は修道士的な側面も含んでいたでしょうから,すでに述べたように,やはり中世の敬虔なクリスチャン騎士という言葉がふさわしいと言えるでしょう.*4)

実際,クリスティーは,自らが創り出したこの探偵をカトリック教会の信者に設定しました.ポワロが愛し続ける祖国ベルギーの国教はカトリックであり,彼が警察官として長年暮らした首都ブリュッセルは,フランス語圏に位置しています.それらをベルギーの伝統的要素として擁護する側と,反対にカトリック教会を過去の遺物として攻撃し,さらにフラマン語をベルギー全体において公用語化させようとする,革新派とでも呼べる側の対立が犯罪の背景となっているのが,ポワロが警察官時代に起きた事件を回想する『チョコレートの箱』("The Chocolate Box")です.しかも,革新派は,当時のベルギーにとっての仮想敵国であるドイツ寄りの姿勢さえも示していますが,ドイツはプロテスタントが優勢な国であり,こうしたことも祖国を愛し伝統を擁護する側に対立する要素となっています.この作品の中では,2つの殺人事件が起こります.1つめの犯人は革新派の側に立つ人物で,その被害者は伝統を擁護する側に立つ人物でした.そして,2つめにおける被害者は1つめの犯人であり,犯行は伝統を擁護する側の人物によって,彼が犯した殺人の罪を罰するためと伝統的祖国を守るために行われたものでした.ポワロは,2つめの事件の犯人を突き止め,さらに,殺害されたのが1つめの犯人だったことも知るに至りますが,彼は,殺人は許されない行為である旨を前者に強く説く一方,その名前の公表を最後迄避けます.2つめの殺人の動機が,犯人の祖国を守ろうとする勇気と犠牲心であったというのがその理由でした.こうした,ポワロの伝統的ベルギーを強く愛する姿勢を明確に示した点で,この作品は他に比較して少々異色な一編といえるでしょう.ただ,凶悪犯の罪を罰するために殺人が法的枠組みの外で行われ,しかも,カトリックと反カトリック,あるいはプロテスタントとの文化的,精神的対立も背景を構成する1要素となっているという点では,後に取り上げる『オリエント急行殺人事件』と共通性を持っているといえます.なお,タイトルに含まれ,ドラマの中で重要な役割を果たすチョコレートも,ベルギーの伝統を構成する要素のひとつであることは言う迄もありません.*5)

また,面白いことに,いくつかの作品の中でカトリックで有る無しが犯人探しにおいて重要な手がかりとなることもあります.そのなかのひとつ,『砂に書かれた三角形』("Triangle at Rhodes")では,犯人の嫌疑がかけられた1人の男性がカトリックであると知った瞬間から,彼はポワロの容疑者リストからはずされます.カトリック教会は,離婚および再婚を認めないからというのがその理由です.ただ,配偶者と死別した場合は,再婚が認められます.それが,犯罪の動機となったのが『エッジウェア卿の死』("Lord Edgware Dies")です.ポワロは,登場人物の1人の結婚相手が式をウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)ではなく,ウェストミュンスター大聖堂(Westminster Cathedral)で挙げる予定であると聞いたことから,結婚相手がカトリックであることを知り,そのことから最終的に犯人をあぶり出すことに成功します.前者は英国国教会の,そして,後者はカトリックの教会だからです.また,『ジョニー・ウェイバリー誘拐事件』("The Adventure*6) of Johnnie Waverly")のように,犯行現場となる旧い城館が,元々カトリック信者の家族の住居として建てられていたため,特殊な構造となっており,それが犯罪の実行に利用されるという作品もあります.さらに,カトリック以外の宗教もストーリー展開の重要な要素となるものもあります.『あなたの庭はどんな庭?』("How does your garden grow?")という作品がそれで,登場人物の1人,ロシアからの亡命者である女性がロシア正教の信者で有るか無いかが,ポワロの謎解きの決定的な鍵のひとつとなっています.同時に,ドラマにおけるポワロ像のみかも知れませんが,この作品の中で,他の宗教に対しても崇敬の姿勢を示していたことも興味深く思ったものです.そして,彼女へ対するポワロの特別ないたわりも,彼自身が亡命者であり,亡命先の国教とは異なる宗派に所属していることから,似た境遇に生きる者としての彼の心情を自然に表現する巧みな演出と思いました. ところで,『ハロウィーン・パーティー』("Hallowe'en Party")の中で,ポワロは,ある日曜日,明らかに英国国教会所属の教会(ほぼ間違いなく地元の"Parish Church")の礼拝に,彼の,ごく自然な習慣であるかのように出席します.*7) つまり,ポワロは,カトリック教会と英国国教会の違いにさほどこだわってはいないようなのです.亡命先の英国に対する敬意からなのかどうか,その正確な理由は判りませんが,一方で,こうしたポワロの行動にクリスティー自身の両教派に対する姿勢が反映されているような気もします.つまり,キリスト教の源流を形成しているのは,あくまでもカトリック教会ですが,英国の文化,より正確に言うと歴史上の王室の特殊な事情により,その源流より僅かながら離れるに至ってしまったのが英国国教会という理解をしていたのではないかということです.平たく言えば,前者が本家で,後者は分家のようなものというわけです.しかし,クリスティーは,英国王の臣民として生涯後者に留まることを選んだのではないでしょうか.*8) そして,こうした彼女の英国国教会への忠誠から見て取れる祖国愛が,そのまま,ポワロのカトリック教会への忠誠とベルギーに対する祖国愛とに投影されているように思えます.とはいえ,彼女の祖国愛は,決して個人の命を無視するものでないことも,『愛国殺人』("One, Two, Buckle My Shoe")の中のポワロの犯人に対する次の言葉から察することができそうです.「あなたは,この国が平和であると強調されましたね.そう,それも結構.でも,私の関心は国家ではありません.私が関心を持っているのは,自分の命を他人に奪われない,そういう権利を持っている個々の人間です.」*9)

ただ,クリスチャンであるならば,本来,自殺は容認しないはずであるのに,ポワロが犯人の自殺を容認する場合が,まれにあります.例えば,『エンドハウスの怪事件』("Peril at End House")のラストシーンでは,逮捕された真犯人が護送される際に自殺するためにコカインを隠した腕時計を持ち出すのを故意に見逃しています.この点については,ことによるとポワロは,犯人をキリストを裏切り,自ら首を吊って死んだユダのように看做していたのかも知れません.また,『ナイルに死す』("Death on the Nile")のラストシーンでも,ポワロは犯人達が自殺する可能性を知っていましたが,敢えてそれを防くことはしませんでした.*10) それでも,計画された殺人がポワロの活躍によって未遂に終わるという珍しいストーリーの作品『スズメバチの巣』("Wasp's Nest")の中では,ポワロは,他者の殺害に対してはもちろんですが,自殺に対しても,人生からの安易な逃避として批判的な姿勢を示しています.『アクロイド殺人事件』("The Murder of Roger Ackroyd")でも,ラストシーンで,彼は拳銃で自殺しようとする犯人に向かって止めるように叫びます.*11) また,『オリエント急行殺人事件』の冒頭,1人の軍人の罪がポワロによって暴かれ,その結果,彼は自殺するというシーンがあり,それについてのポワロの台詞は日本語版では「人には常に選択肢がありますが,彼は,嘘をつく道を選び,裁きを受けることになったのです.」ですが,英語版では"A man like your friend, lieutenant, always has choice. And it was his choice to lie that brought him into difficulty with the law."となっていて(イタリックの箇所をより直訳に近い形で訳すと「(そのことが)彼を法的に問題のある立場へと導いた.」),ここでも,自殺という結果に終わった選択肢は誤りだったと言うのがポワロの思いと解釈することができます.そして,『ホロー荘の殺人』("The Hallow")のラストシーンでは,犯人の女性が自殺するのを防ぐことをできなかった彼は,彼女の遺体の側に暫く(恐らく警察が到着するまでの間)残ることで,むしろ不幸な人生を送った彼女に対する深い憐憫を表しもします.(去って行く,というか,彼がその場を去ることを勧めた彼女の友人と別れの挨拶をするとき,彼の目が潤んでいるように見えました.)彼のこうした姿勢に,敬虔なクリスチャンとはいえ,決して教条主義的ではない優しい人間性が示されているようにも思えるのです.

ところで,私生活において,クリスティーは,最初の夫とは彼の愛人問題で離婚しています.そして,再婚相手は中東で知り合ったカトリックの考古学者でした.いささか単純すぎる想像ですが,離婚に至ってしまった最初の結婚でつらい思いをした彼女は,英国国教会の信者に留まりつつも,離婚および再婚を認めないカトリック教会に対し,こうした行為を認める自らが所属する教会よりも,上述したようにキリスト教の源流として,より強い信頼を寄せていたのかも知れません.実際,彼女は離婚後,生涯を通じて聖餐にあずかろうとはしませんでした.*12)

上記が理由だったがどうかは知りませんが,彼女のカトリックへの好意的姿勢を示す興味深い例として知られているのは,彼女は,カトリック教会におけるラテン語ミサの復活のための請願書に署名した非カトリック信者の有名人の1人だったということです.彼女たちの希望はバチカンに受け入れられ,1971年,法王パウロVI世から例外的にイングランドとウェールズにおけるラテン語ミサ(トリエントミサ)の執行の許可が正式に下されますが,この特別な許可(Indult)に,"Agatha Christie's Indult”というニックネームがつけられています.

Nick Baldrock氏によると,凡そ探偵小説と呼ばれるものにおける犯人探し(whodunit)の前提となっているのは,カトリック教会が説く原罪の概念だそうです.つまり,人はだれでも生まれながらの罪人であり,すべての登場人物が罪を於かす可能性を持っているというわけです.*13) 確かに,アガサ・クリスティーの作品は,特にそれを強く感じさせるように思えます.例えば,この後のポストで紹介する『オリエント急行殺人事件』のドラマにおいても原罪の概念が背景を構成する要素のひとつになっていると思いますが,最後の謎解きのシーンでポワロは,犯人(複数)に対し,新約聖書の『ローマ人への手紙』の中の聖パウロが述べているように,悪人に対し,人間が直接罰を与えるのではなく神の手に委ねることを説きます.*14) このように,犯人たちと探偵の間で,大げさに言えば《神学論争》が展開されるというストーリーはミステリー小説としては異例としか言いようがありません.異例と言えば,クリスティーの他の作品における犯罪の主な動機が,男女関係のもつれや家族間の遺産相続の問題などであるのに対し,『オリエント急行殺人事件』では,敢えて言うなら純粋に《復讐》,あるいは,法的枠組み外で行われる《処罰》と言えるものであるということも挙げられるでしょう.そして,その処罰の実施が,神によって許されるものなのかという《神学的》問題への解答が最後迄明確にならないままとなっています.

さて,その『オリエント急行殺人事件』における神学的問題を巡る論争についてですが,彼とは完全に異なる見解を主張する犯人たちは,皆アメリカという国のプロテスタンティズムという,ポワロにしてみれば,キリスト教の《異端》の文化に馴染んでいるか,あるいは法や宗教の教えより情緒を優先する人たちです.とりわけ,その論争の中で神によって許されない罪も存在すると断言し,彼の対極の立場に自分を置いたのは,すでに,事件後,彼による尋問において同様の発言をしたスウェーデン人のプロテスタント(ルター派?)の女性宣教師でした.また,皮肉なことに,ドラマの中で,事件が発生する前にポワロが神に祈るシーンに続いて,罰が与えられることになるイタリア系アメリカ人が祈るシーンが挿入されるのですが,こうした設定とシークェンスが暗示するように,彼も本来はポワロと同じカトリックなのでしょう.しかも,彼自身,最初のポワロとの会話で自ら神の加護を信じ,犯した罪の償いをする意思があると語っているのです.

ドラマの最後で,ロザリオを携えたポワロが,無言で積もった雪の中を歩いて行くシーンは,果たして,原罪を担っている人間という被造物が,いかに凶悪な罪であれ,その罪を犯した別の人間に,神に代わって罰を与えることが許されるのか,しかも,殺害という形で後者に罰を与えた者の裁きを,立憲君主国とは言え,事実上の独裁国家の官憲に委ねることは正しいことなのかといった問いへの答えを探す彼の葛藤と苦悩を表しているようで強く印象に残りました.

以上,この英国を代表する女流ミステリー作家が英国国教会の信者であり,カトリック教会にも好意的であったことを見てきましたが,やはり英国の女性で,政治の分野でその鉄腕を振るったサッチャー元首相というとプロテスタント系のメソジストでした.教会という組織が個人と神とのインターフェイスとして,その権限に基づいた様々な手段によって個々の信者に神からの罪の許しを得させ,彼らの救済を保証するカトリックとは異なり,プロテスタントは,神(あるいはキリスト)と信者の一対一の関係(契約)を重要視します.こうした信仰理念に基づく価値観が資本主義に大きな影響を与えたということを,マックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で説いていることはよく知られています.ウェーバーが言及しているのは,特にカルヴァン派,つまり長老教会系プロテスタントだと思いますが,例えば,「天は自らを助くる者を助く」("Heaven helps those who help themselves.")という言葉で知られる英国の作家サミュエル・スマイルズもスコットランド改革派長老教会の家庭の出身です.メソジストと長老派と言うと多少教理的に異なる部分もありますが,結果的にはスマイルズの言葉が示すように,現世における個人の勤勉な態度,そして,それによって得られる富は神の祝福(または神から与えられる救い)の証明という理解が,これらのプロテスタントの信仰を特徴づけていることは間違いありません.このように考えると,サッチャー元首相の政治姿勢の根底にあったものも彼女の信仰,すなわちプロテスタント的理念だったようにも思えて来るのです.1人はミステリーの女王と呼ばれ,もう1人は鉄の女と呼ばれた英国の著名な2人の女性ですが,同じキリスト教とは言え,異なる信仰がそれぞれが活躍した世界に対する姿勢を決定したのだとしたら...そう考えると,改めて人間の営みにおける宗教の持つ影響力の大きさに驚きを禁じ得ません.

ところで,凡そ半世紀に亘ってベルギー人の名探偵を演じ続けたデビッド・スーシェですが,生まれがユダヤ系の彼は,ポワロシリーズが開始された1989年に英国国教(Church of England)に改宗し,ポワロの撮影の合間をぬって全聖書の朗読版を完成させています.その他,聖パウロや聖ペテロゆかりの土地を巡った番組にも案内役として登場しています.

最終シーズンの第3話『ヘラクレスの難業』("The Labours of Hercules")の撮影に使われたと思ったスイス,ルガノのモンテ・ブレ・ケーブルカーの終点,モンテ・ブレ山頂駅.しかし,確認したところ,実際に使われたのはフランスのグルノーブル近郊のこちらのケーブルカーでした.(Cf. Agatha Christie's Poirot: discover the locations of the hit detective series) さらに,舞台となったHotel Olymposは,英国のアイレスバリーのHalton Houseで,スイスのホテルではありません.また,映画やドラマのロケによく使われますが,歴史的建造物であり,特別な機会以外一般には公開されておりません.(Cf. The Labours of Hercules in Wikipedia)また,個人のブログのようですが,ポワロのドラマについて撮影場所(Location)も含め,詳しい情報を提供している "INVESTIGATING AGATHA CHRISTIE'S POIROT"やエピソード毎に撮影場所を紹介している"ON LOCATION WITH POIROT!"というサイト,さらに登場した自動車を紹介しているサイトもありましたのでお伝えしておきます.なお,Radio Timesのポワロシリーズの特集ページはこちらから.そして,鉄道ファン,特にSLファンの方のために,各エピソードに登場した機関車や客車で確認出来たものは,次の映画『オリエント急行殺人事件』(1974)に登場した車両 で紹介しています.





*1) ポワロが,聖書に精通していることも,例えば『葬儀を終えて』の中で,彼が,依頼人の弁護士が墓碑に記すべきものとして提案した言葉が,旧約聖書の詩編からの引用であるというコメントを加えていることなどから明らかです.
*2) 中世以来の騎士道の伝統を正統的に受け継いた紳士のヒーローと言えば,やはりシャーロック・ホームズでしょう.もっとも,同じ探偵小説とは言え,彼の生みの親であるコナン・ドイルの作品は,時代的に,ややゴチック的要素が含まれているので,クリスティーの作品とは別のジャンルと言えそうです.
*3) 日本語版は観ていないので,どのような訳なのか知りませんが,英語版でのポワロの台詞は,"Mademoiselle, neither you nor I are married. We may never be married. But they should be.."「彼らは,結婚するよう定められているのです.」とも訳せるかも知れません.
*4) 弱い立場に置かれた女性に対するポワロのクリスチャンとしての優しさは,『満潮に乗って』でも表れます.彼は教会の庭のベンチで,主要な登場人物の1人である若い女性の傍らに腰掛け,悲嘆にくれる彼女を次の言葉で慰めます.(括弧内は女性の台詞です.日本語版は観ていないので英語版をご紹介します.)Do you know when the priest he is buried, he is always facing his parishioners? Oui. Because when the Day of Judgement it comes, and the dead they all arise, he can greet them and lead them through the gates of Paradise. It is a beautiful idea, hm? (He shan't be leading me.) You must not say that, ma chère. Despair is a sin. (l'm cut off from the mercy of God.) No, no, no, no, no. Nobody is cut off from the mercy of God. Ever. しかし,ラストシーンで,彼は冷酷非道な真犯人に対して次の辛辣な言葉を投げつけます.(もちろん,最初のクローズは仮定なので,実際の彼の信条でないことは言う迄もありません.)If God should withhold His mercy from anyone on Earth, monsieur, it surely will be you.
*5) 『ポワロのクリスマス』の中でも,ポワロは祖国ベルギーのチョコレートを買い求め,それを味わいながら1人でクリスマスを過ごそうとします.また,『盗まれたロイヤル・ルビー』でも,やはり,1人で過ごすクリスマスのためにDu Prèsという店でチョコレートを求めますが,店名からしてベルギーのチョコレートを扱う店のような印象を与えるものの,ロンドンにそのような店が存在するか,あるいはしていたかは判りません.(ココアも彼はよく飲みます.)また,パリで評判の10人のチョコレート職人はL'EXPRESSのこちらのページで紹介されています.
*6) もうひとつ,ロシアから亡命した女性が登場する作品があります.『あなたの庭...』と同様,"Poirot's Early Cases"に収録されている『二重の手がかり』("Double Clues")です.自伝も読んでいないので,軽率なことは言えないのですが,ことによると,クリスティーは,これらの作品の中に登場する祖国を追われたロシア人女性に,執筆当時の自らのつらい身の上を重ねていたのかもしれません.というのは,彼女が最初の夫に離婚を要求されたのが1926年(離婚が成立したのは1928年.)であり,『二重の手がかり』が発表されたのが1923年,そして『あなたの庭...』は,1932年と離婚の前後に書かれているからです.

*7)  『ハロウィーン・パーティー』という作品は,舞台設定のせいもあると思いますが,全シリーズを通して特に宗教的色彩を強く感じさせる仕上がりとなっています.そこでは,全編を通して正統なキリスト教と異教との対立が描かれているように見えます.最初の殺人は,異教の風習の名残りであるハロウィーンの夜に起こり,さらに,犯罪には絶えず魔女や異教の神を信奉するギリシャといった要素への関連づけがされています.また,犯罪の被害者の母親は経験なクリスチャンであり,堪え難い不幸の犠牲となった自分を旧約聖書の『ヨブ記』のヨブになぞらえ,彼女と牧師との会話で,その一部がかなり長く引用されますが,こうしたことも探偵小説としては異例のように思えます.そして,この作品を締めくくるのが,ポワロの,ハロウィーン(正しくは,翌日の万聖節)とは本来,死者を追悼する日であるという台詞であることも,この作品の宗教的色彩をさらに濃くしているように感じられます.
*8) クリスティーのカトリック教会に対して好意を示しつつも,英国に対する忠誠を優先する姿勢は,元々カトリックである北アイルランドの独立運動を背景とした『誘拐された総理大臣』("The Kidnapped Prime Minister")に表れているようにも思えます.
*9) 英語版では,"..., you talk of the continued peace of this nation, huh? Oh, yes, that is very good. But Poirot is not concerned with nations. Poirot is concerned with private individuals, who have the right not to have taken from them their lives."ですが,文末近くの"from them"を国家,つまり"nations"と解釈することも可能のような気がします.さらに,これに類する思想が,『複数の時計』におけるポワロの次の台詞に表れているように思えます."And I tell you monsieur that I value the weak liberal England, as you call it, as a country well worth the fighting for." ドイツと戦争状態に陥った際,重要な軍事機密をドイツへ伝えることでドイツの勝利を早め,英国側の犠牲をできるだけ少なくすることこそ愛国的行為と主張する犯人たちに対し,ポワロは,彼らが(軍事的に)弱く自由な英国と呼ぶ国も,そのために戦う価値があると強い口調で反論します.彼のこの言葉の背景には,祖国を追われる原因を作ったナチス・ドイツへの憎しみがあることは疑う余地はありませんが,同時に,個々人の生きる権利が尊重され守られる国というのが彼が《自由な英国》という言葉に込めた意味のように感じられます.
*10) ラストの乗客達が下船する場面の直前に,犯人の1人である女性とポワロが会話するシーンが挿入されています.そのときの彼女の言葉"Do you remember when I said I must follow my star? It's finally burned out, hasn't it?"から,すでにポワロは犯人が自殺をすることを予見していたような印象を与える演出となっています.そして,上陸後,犯人はポワロに共犯者との最後のキスをすることへの許可を求め,ポワロはうなづきますが,実質的に彼らの自殺の容認を意味していたことはあきらかです.そして,彼らが自殺したあと,ポワロが発した言葉は,"It is not always that simple."(日本語版では,「単純には割り切れません.」)でした.
*11) ポワロと犯人との個人的な関係も影響しているとは思いますが.
*12) 元々,英国国教会(Church of England)は,英国王ヘンリーVIII世が妃のキャサリンとの離婚を当時の法王クレメンスVII世が認めなかったため,自国のカトリック教会を伝統的ローマ・カトリック教会から分離独立させたことにより成立した教会です.なお,アガサ・クリスティーの作品のキリスト教的性格については,First Thingsというサイトに2009年8月4日付でNick Baldock氏が"The Christian World of Agatha Christie"という興味深い記事を書いています.同氏は,その中で,彼女が少女時代に学校で算数の教師から聴き,生涯に亘って影響を受けたという次の言葉を彼女の自伝から引用していますが,とりわけ離婚という彼女のつらい経験を思うとき,この言葉の意味が強く迫ってくる気がします.

"All of you,” she said, “every one of you”will pass through a time when you will face despair. If you never face despair, you will never have faced, or become, a Christian, or known a Christian life. To be a Christian you must face and accept the life that Christ faced and lived; you must enjoy things as he enjoyed things; be as happy as he was at the marriage at Cana, know the peace and happiness that it means to be at harmony with God and with God’s will. But you must also know, as he did, what it means to be alone in the Garden of Gethsemane, to feel that all your friends have forsaken you, that those you love and trust have turned away from you, and that God Himself has forsaken you. Hold on then to the belief that that is not the end. If you love, you will suffer, and if you do not love, you do not know the meaning of a Christian life . . . . years later [those words] were to come back to me and give me hope at a time when despair had me in its grip.”(日本語訳は,恐れ入りますが,ハヤカワ文庫などの『アガサ・クリスティー自伝』をご参照ください.)
ふと目にしたアガサ・クリスティーの公式サイトに以下の彼女の言葉が掲載されていたので,こちらもご紹介します.彼女は,とても幸福な少女時代を過ごしたようですね.)

"One of the luckiest things that can happen to you in life is to have a happy childhood. I had a very happy childhood."
*13) Idem.
*14) 『五匹の子豚』("Five Little Pigs")のラスト・シーンのポワロの台詞「...裁きはきっと行われます.」(英語版では,"... justice may still be done.")も,彼の同様の考えを示していると思われます. こうした,悪人には,いつか正義によって罰が下されるという思想は,『ゴルフ場殺人事件』で謎解きをするポワロの「ここで,彼が長年逃れて来た正義が,彼を捕えました. 裁きの時が,ついに来たのです.一本の手が,彼を背後から刺しました.」という言葉にも見ることができます.ただ,英語版では"Only then the justice, which he had for so long eluded, overtakes him. Fantasy is made reality. An unknown hand stabs him in the back."となっており,厳密に言えば,イタリックの「(欺瞞としての)作り話が現実となった.」といった意味の箇所が,日本語版では訳されておらず,「裁きの時が,ついに来たのです.」という文で置き換えられています.

Wednesday, 27 August 2014

オランダSL財団のSL祭,今年は9月6,7日に開催

毎年,9月の最初の週末に開催されるDSMSL祭ですが,今年は6日と7日に開催されるそうです.開催場所は,BeekbergenとLoenen.Beekbergenでは,主に機関車の展示が行われ,Loenenでは子供向けの様々なアトラクションが用意されています.そして,ApeldoornとDieren間ではSL牽引の旅客列車および貨物列車が運行されます.(時刻表のダウンロードはこちらから.イベントに関する資料はこちらから.)下の動画は,南西ドイツ放送局の"Eisenbahn Romantik"の第581回(2005年11月27日放送)で,その年に開催された同SL祭のリポートですが,そのハイライトは,なんといってもAppeldoorn,Lieren間で行われた10両の機関車の(多)重連によるSLパレードでした.(26分頃から.)構成車両は,44, 23(西独国鉄新造機), 01.10, 64, 50.35(東独国鉄改造機), 52.80(東独国鉄改造機),TKp 23と,同じくオランダのZuid-Limburgse Stoomtrein Maatschappijが現役復帰させたスウェーデン製1220などですが,出力は合計6335PS.今年は,どういったイベントが用意されているのでしょうか.

Monday, 18 August 2014

映画『グランド・ブタペスト・ホテル』に登場した保存鉄道と蒸気機関車

今年,日本でも公開された『グランド・ブタペスト・ホテル』("The Grand Budapest Hotel")は,一風変わった作品ながら,とても好きな映画のひとつとなりました.その理由のひとつとして,蒸気機関車が登場したということがありますが,マダムC.V.D. und T.の暗殺後,彼女の居城へ急ぐ主人公たちを乗せた列車がその上を往復する橋梁が,マルター(Malter)付近のダム湖*1)へ注ぐ支流のひとつに架けられているものであること,また,列車の走行シーンで運転台上から進行方向を撮影したショットでは,線路が河川に平行に走っていることから見て,撮影に使用されたのは,まず間違いなく軌間750 mmのヴァイサリッツタール鉄道でしょう.*2) そして,登場した機関車は,ナンバープレートこそ確認出来ませんでしたが,上記の橋梁上を走行する際のプロフィールおよびボイラー上部の形状から,帝国鉄道時代の統一規格機99.73-76の改良型として,戦後,東ドイツ国鉄によって開発された99.77-79であることも間違いなさそうです.*3) どちらも1'E1' h2tタイプで,動輪直径は800 mm.外観上の違いとしては,前者は煙室上に円筒形のクノール式予熱器(Knorr Oberflächenvorwärmer)が配置され,そこで加熱された水をボイラーへ送り込むピストン式給水ポンプが装着されていましたが,後者ではそれらが廃止され,代わりに二基のスチーム・インジェクターが装着されたこと,さらに,最大貯炭量が2.5 tから4.0 tへ引き上げられたこともあり,全長が10540 mmから11300 mmへ増大したことなどが挙げられます.なお,後者では,全面溶接ボイラーが採用されています.性能的には,前者が600 PSiだったのに比べて,後者は565 PSiとやや低下していますが,これは,東ドイツで主に使われていた褐炭の発熱量が低いため,火格子の面積を73-76の1.74 m²から2.57 m²へと大幅に広げた結果として,全蒸発伝熱面積が80.30 m²から76.10 m²へと減少したことなどによるもののようです.*4) 走行装置については,77-79についてのみ書きますと,先輪,従輪共に構造の単純なビッセル台車が使用され,第1,3,5動軸は台枠に固定,第2,4動軸は線路に対し直角に左右24 mmづつ移動可能,つまり遊び幅が設けられています.(ゲルスドルフ式動軸)そして,主動輪(第3動軸)にはカーブでの走行性を向上させるためフランジがありません.最高速度は,従来のザクセン国鉄のすべての750 mm軌道用機関車と同じく30 km/hです.*5)

乗車した列車の牽引機,99.77-79形の1号機.帝国鉄道方式の製造番号771の前に東独国鉄のEDV番号において750 mm用を示す1が加えられています.最後の7は,セルフチェックディジット.ボイラー上部の一つ目の瘤,給水ドームの両側にはスチーム・インジェクターが装着されています.ドレスデンにほど近い起点駅フライタール・ハインスベルグ駅にて.
殆どの区間が林に囲まれた渓流沿いを走るヴァイサリッツタール鉄道
マルター付近では,空が開け,ダム湖に沿って走行.
終着駅ディッポルディスヴァルデ駅にて.復路は方向転換せず,列車の先頭に移動しバック運転.
同上.出発番線に移動中の99 1771-7
同上.先頭に連結され,出発準備が整いました.ボイラー上部の4つの瘤のうち,2つ目と4つ目はサンドドーム.
終着駅ディッポルディスヴァルデの町.映画のロケ地ゲルリッツ同様,趣のある街並です.*6)
復路に乗った列車の先頭客車から.煙室の右側に見えるのはエアコンプレッサー.
日帰りの小旅行を終えて戻って来たドレスデン中央駅にて.

ところで,現在も多くの狭軌保存鉄道が運営され,世界中からたくさんの観光客を招いているザクセンですが,最初に狭軌鉄道の建設がザクセン国会によって決定されたのは1880年3月2日.その際,支線用の軌間として750 mmが採用されたのでした.その後,同王国における狭軌路線網は驚異的な発展を遂げ,国王フリードリヒ・アウグストゥス III世の退位した1918年には総延長519.88 km(一部,メートルゲージを含む)とドイツ最大の狭軌路線網となりました.*7)(詳しくは,Wikipediaの「王立ザクセン邦有鉄道」のページをご覧下さい.)

なお,日本にもファンの多いザクセン・アンハルトのハルツ狭軌鉄道はメートルゲージです.念のため.

映画『グランド・ブタペスト・ホテル』は,横浜では,ジャック&ベティで8月22日迄上映されています.そういえば,映画の舞台となった架空の都市Lutzですが,恐らくポーランドのŁódźをもじってつけられたものでしょう.そのLutzで思い出しましたが,スイスの駐ハンガリー副領事カール・ルッツ(Carl Lutz)という外交官がいます.アッペンツェル出身のルッツは,第二次世界大戦中,最大数のユダヤ人を救ったと言われている人物です.彼は,現地の抵抗運動と協力し,ハンガリーにおいてナチスによって迫害されていた62,000人ものユダヤ人を救ったその功績から,三度ノーベル賞候補に挙げられました.(ルッツに関するドキュメンタリーが,8月末にスイス国営放送のDOKの枠内で放送されました.番組はスイス以外の国では視聴できませんが,番組のページはこちらから.ウェブアルバムは閲覧可能です.)

なお,映画でホテル内部のシーンはドイツのスタジオで撮影されたものですが,近い雰囲気のホテルについては,こちらのポストをご覧下さい.




*1) Rote Weisseritz川をせき止めたダム湖.ヴァイサリッツタール鉄道のこちらのアルバムに当該の橋梁の画像が掲載されています.
*2) 映画のなかで鉄道が登場するすべてのシーンが,ヴァイサリッツタール鉄道で撮影されたわけではなさそうです.
*3) 現場では,両方ともザクセン国鉄時代の形式名であるVII K(Kは,ドイツ語で「小さい」を表すkleinの頭文字.つまり狭軌用であることを示す)が用いられていたようです.その場合,両形式を区別するための呼称は,前者はEinheitslok. VII K,そして後者はNeubaulok. VII Kとなります.(ザクセン国鉄のメートルゲージ用機関車を表す記号は,M.くわしくは,Wikipediaのこちらのページをご覧下さい.)(Cf. Schmalspur-Paradies Sachsen, Eisenbahn JOURNAL SPECIAL, 2, 2011, pp28ff)なお,ヴァイセリッツタール鉄道の所有する機関車のリストは,同鉄道のサイトのこちらのページに掲載されています.
*4) コロニアルゲージ(1,067mm)用国鉄C11でさえ,600 PSを僅かに上回る程度ですから,750 mm用機でこれだけの出力とはたいしたものです.
*5) Ibid., p33,なお,Wkipediaの情報によると,ヴァイサリッツタール鉄道の最大勾配は34.6 ‰,最小曲線半径は50 mだそうです.
*6) 昨年は,ゲルリッツで開催されたクリスマスマーケットに合わせて,ラウジッツァーSLクラブによりSLトレインが運行されました.今年も同様の特別列車が運行される可能性があります.なお,ゲルリッツの南西,ポーランド,チェコ国境の近くにもチッタウァー狭軌鉄道という保存鉄道が運営されています.こちらは,果たして映画の撮影に使用されたかどうかは判りませんが,機関車のリストを見ると一両の99.77-79形の動態保存機(99 787)が存在しているようです.
*7) Ibid., pp18ff, Pruissen, T., Heym, R., Dampflokparadies DDR Die Reichsbahn der 1960er- und 1970er-Jahre in Farbe, GeraMond, München, 2011, pp26ff

Wednesday, 13 August 2014

01 1066牽引特別列車,今週末運行

遅きに失するというのは,まさにこのお知らせのことですが,以前のポストでお伝えしたボイラーの耐用年数が今年の4月に期限に達するとされているドイツ最強の急行旅客用機と言われる重油燃焼式三気筒マシン01 1066(012 066-7)が今週末,特別列車を牽引し,3 Seen BahnSeebrugg駅に途中停車するそうです.(詳しくは,ウルム鉄道友の会のサイトをご覧下さい.なお,今週末の特別列車の座席はすべて予約で一杯とのことです.ただ,同会のプログラムによると,01 1066牽引による特レが9月6日にも運行されるそうです.さらに,二気筒の01 180-9牽引の特レの運行も10月3日に予定されています.)