彼の名前は,Mr. Ram Karuturi.インドのバンガロール出身,Karuturi Global Ltd.の最高経営責任者で,エチオピアに進出した外国人ビジネスマンの中で最も成功を収めていると言われている人物です.1995年のバレンタインデーに,妻に贈るバラが手に入らなかったことがきっかけで始めたバラの栽培をより大規模に行いたいと,2004年,妻を連れてエチオピアに移住.その事業は順調に成長し,まもなくケニアに新しいバラ農園が完成し,そこの生産量も含めると,世界一のバラの生産業者となるそうです.
彼は,今,エチオピアのガンベラ州に米の一大生産地を造ることを計画していて,韓国のサムスン電気やインドの投資家たちに,彼の新たな事業への投資を呼びかけています.エチオピア政府から80年の賃貸契約で確保した耕作予定地は,長さ78km,幅40kmという広大なもの.そこで数年のうちに米の栽培を開始し,2010年には300万トンもの生産が可能になるといいます.仮にこの計画が実現した場合,現在の米の国際取引量は2,500万トンですから,Karuturi氏の会社が生産する米の量は,実にその10%以上になります.それが国際市場で売買されれば,当然,米の国際価格に大きな影響を及ぼすことになるでしょう.彼はまた,パーム油の生産にも乗り出す予定だそうですが,これらの耕作地を「緑の黄金」("Green gold")と呼ぶその言葉にもうなづけます.
現在,エチオピア政府は,海外資本が会社を設立する場合,その手続きが4時間程度で済んでしまうと言われる程,積極的にそれらを誘致する政策を推し進めています.エチオピアで事業を始める外国人実業家は,必要な機材を無税で持ち込むことができ,また,事業を始めてからの数年間,収益への課税は免除されます.こうした政策が功を奏したのか,今や,エチオピアは,年率7%という,アフリカでも有数の経済成長率を誇る国へと変身し,首都アジスアベバは,町全体が巨大な工事現場と思える程,建築ラッシュに沸いています.そして,Karuturi氏のように土地を必要とする事業者には,政府は信じられないよな好条件で土地を提供しています.例えば,同氏は上述の米の耕作予定地の他にも,エチオピアの別の地域に11,000ヘクタールの土地を政府から借り受けていますが,期間が80年というその賃貸契約における借地料は1ヘクタールあたり年間10ドル,しかも最初の6年間は無償です.
エチオピアというと,世界で最も貧しい国の一つであり,飢餓の問題が重く国民にのしかかっているというのが,これまで私たちがこの国に対して抱いていたイメージですが,今や,それは時代遅れのものとなってしまったのでしょうか.残念ながら答えは否です.飢餓は,現在も国民の多くを苛み続けていて,しかもさらに深刻度を増しているのです.2009年,世界食料計画はエチオピアで飢餓に苦しむ1,300万人に対し,食料支援を実施しましたが,もちろん問題の解決には至りませんでした.国民を十分に養えるだけの耕作可能地があるにも拘らず,今だに多くの人々が十分な食物を得る事ができないでいる.そうした状況を一層深刻化させているのが,実は,上述したような外国人の農業事業者への政府の土地提供なのです.この,あまりにも気前が良すぎるように思える政策ですが,それが現政権の積極的な開発政策の一環であることも事実ですが,それが可能なのは,国土のすべてを政府が所有しているからに他なりません.1970年代から80年代にかけての社会主義独裁政権の遺産と呼べるこの状況は,そのまま,同じく一党独裁の現政権に受け継がれているのです.
エチオピアの人口の80%は,農民と言われています.そして,耕作に利用されているのは国土の20%.多くの農民たちは,政府所有の土地のわずかな面積を無許可で利用し,生活の糧を得ています.土地の所有権が認められていないのですから,政府が外国企業に,そうした農民たちが利用している土地を提供しても,彼らは抗議する事もできません.土地摂収に対し,反抗した農民たちが警察により留置所に入れられた例もあります.中には土地に加えて,唯一の水源である川も外国資本の手にわたってしまい,飲み水さえ確保できなくなった村落も存在します.こうした状況に追い込まれた農家の人々に残された選択肢は,二つ.国外に逃れるか,あるいは進出して来た外国企業に直接雇用されるか,または,その下請け業者に間接的に雇用されるかのどちらかです.前者の実行には,まとまった資金が必要であり,後者の場合も,仮に雇用されたとしてもほとんどが日雇いです.
過去において,政府による外国資本への土地提供が民衆の暴動へと発展した例があります.2008年末,マダガスカルでそれは起こりました.政府が秘密裏に韓国の大宇グループに1,003,000ヘクタールという,この国の耕作地のほぼ半分もの土地を提供するという契約を後者との間に締結したことを知った住民たちは野党とともに抗議活動を開始,鎮圧しようとする軍隊との衝突では約10名の死者と多くの負傷者が出ました.やがて,軍隊が野党側に付いたことで事態は終結.大宇グループとの密約は廃棄され,大統領は国外に亡命するという事態に至ったのです.(このスキャンダルを明るみに出したのは,英Financial Times紙のJavier Blas記者.)韓国も日本同様,必要な食料を海外からの輸入に頼っている国のひとつであり,2007年末から2008年初めにかけての世界的食料不足の折,アルゼンチンやベトナムなどの一次農産物の輸出国が自国の食料確保のために輸出禁止策を講じたことをきっかけに食料生産地を積極的に海外に探すようになったという事情がありました.同様のことは,最近では,サウジ・アラビアなどの湾岸産油国によっても行なわれており,これらの国は特にエチオピアなどの東アフリカ諸国に対して互恵的な関係構築を提案していて,後者に対し,インフラ整備や技術支援,雇用の創出などを約束し,その見返りに自国の食料を生産する土地の提供や,そのために進出する企業に対する税制面での優遇措置を求めています.
外国資本による耕作地の確保およびそこでの農業経営は,アフリカに限ったことではありません.現在,世界の大部分がその対象となりつつあります.例えば,南米のウルグアイもそのうちのひとつです.今や,この国にも外国資本が進出し,広大な耕作地で大豆や食肉牛の生産が行われていますが,過去10年間に外国企業が取得した面積は,国土のほぼ1/3に相当します.ウルグアイの若い農学研究者のGabriel Oyhantçabal氏は,こうした状況が,一次農産物である大豆を輸出し,大豆製品を輸入するという,今日のウルグアイのパラドックスを生み出していると指摘しています.基本的に,外国企業が生産する農産物は輸出を目的としたものだからです.Oyhantçabal氏は,また,これらの企業は雇用の創出を謳い文句にやってくるが,実際にそうした効果があったかは確認出来ないと言っています.
ところで,効率化が至上命題であるこうした外国企業が生産するのは,干ばつなどに強いMGO作物(もともと南米で栽培されている農産物のほとんどすべてはMGO)や成長が早いハイブリッド種の食肉牛です.このような農業経営,すなわち,MGO作物の植え付け,化学肥料の大量使用,そして効率化のための機械による化石燃料の大量消費というビジネスモデルが,小規模農家の経営を破綻させ,生物の多様性を脅かし,ひいては今日の食料危機を招いていると訴えているのが,NGO Grainです.また,同団体のDevlin Kuyek氏によると,農地を使った投機のために使われた資金は,2000年の50億ドルから2007年の1750億ドルへと急増し,それが農産物の国際価格の変動や高騰を招いているといいます.いつまた崩壊するか判らない株式市場を離れた世界の投資資金は,新たな投資先としてより確実で巨大な収益を得られる可能性を秘めていると目される農業へとその対象を移したのです.
最後に,世界食料計画によると,飢饉に苦しむ貧困国の小規模農家の経営を近代化させ,彼らが健康的な生活が営めるようにするために必要な支援金の額は,年間300億ドルだそうですが,これは,世界の軍事予算の2.5%に相当する額です.しかし,今日,豊かな国の中でそうした支援を行う国はありません.
彼は,今,エチオピアのガンベラ州に米の一大生産地を造ることを計画していて,韓国のサムスン電気やインドの投資家たちに,彼の新たな事業への投資を呼びかけています.エチオピア政府から80年の賃貸契約で確保した耕作予定地は,長さ78km,幅40kmという広大なもの.そこで数年のうちに米の栽培を開始し,2010年には300万トンもの生産が可能になるといいます.仮にこの計画が実現した場合,現在の米の国際取引量は2,500万トンですから,Karuturi氏の会社が生産する米の量は,実にその10%以上になります.それが国際市場で売買されれば,当然,米の国際価格に大きな影響を及ぼすことになるでしょう.彼はまた,パーム油の生産にも乗り出す予定だそうですが,これらの耕作地を「緑の黄金」("Green gold")と呼ぶその言葉にもうなづけます.
現在,エチオピア政府は,海外資本が会社を設立する場合,その手続きが4時間程度で済んでしまうと言われる程,積極的にそれらを誘致する政策を推し進めています.エチオピアで事業を始める外国人実業家は,必要な機材を無税で持ち込むことができ,また,事業を始めてからの数年間,収益への課税は免除されます.こうした政策が功を奏したのか,今や,エチオピアは,年率7%という,アフリカでも有数の経済成長率を誇る国へと変身し,首都アジスアベバは,町全体が巨大な工事現場と思える程,建築ラッシュに沸いています.そして,Karuturi氏のように土地を必要とする事業者には,政府は信じられないよな好条件で土地を提供しています.例えば,同氏は上述の米の耕作予定地の他にも,エチオピアの別の地域に11,000ヘクタールの土地を政府から借り受けていますが,期間が80年というその賃貸契約における借地料は1ヘクタールあたり年間10ドル,しかも最初の6年間は無償です.
エチオピアというと,世界で最も貧しい国の一つであり,飢餓の問題が重く国民にのしかかっているというのが,これまで私たちがこの国に対して抱いていたイメージですが,今や,それは時代遅れのものとなってしまったのでしょうか.残念ながら答えは否です.飢餓は,現在も国民の多くを苛み続けていて,しかもさらに深刻度を増しているのです.2009年,世界食料計画はエチオピアで飢餓に苦しむ1,300万人に対し,食料支援を実施しましたが,もちろん問題の解決には至りませんでした.国民を十分に養えるだけの耕作可能地があるにも拘らず,今だに多くの人々が十分な食物を得る事ができないでいる.そうした状況を一層深刻化させているのが,実は,上述したような外国人の農業事業者への政府の土地提供なのです.この,あまりにも気前が良すぎるように思える政策ですが,それが現政権の積極的な開発政策の一環であることも事実ですが,それが可能なのは,国土のすべてを政府が所有しているからに他なりません.1970年代から80年代にかけての社会主義独裁政権の遺産と呼べるこの状況は,そのまま,同じく一党独裁の現政権に受け継がれているのです.
エチオピアの人口の80%は,農民と言われています.そして,耕作に利用されているのは国土の20%.多くの農民たちは,政府所有の土地のわずかな面積を無許可で利用し,生活の糧を得ています.土地の所有権が認められていないのですから,政府が外国企業に,そうした農民たちが利用している土地を提供しても,彼らは抗議する事もできません.土地摂収に対し,反抗した農民たちが警察により留置所に入れられた例もあります.中には土地に加えて,唯一の水源である川も外国資本の手にわたってしまい,飲み水さえ確保できなくなった村落も存在します.こうした状況に追い込まれた農家の人々に残された選択肢は,二つ.国外に逃れるか,あるいは進出して来た外国企業に直接雇用されるか,または,その下請け業者に間接的に雇用されるかのどちらかです.前者の実行には,まとまった資金が必要であり,後者の場合も,仮に雇用されたとしてもほとんどが日雇いです.
過去において,政府による外国資本への土地提供が民衆の暴動へと発展した例があります.2008年末,マダガスカルでそれは起こりました.政府が秘密裏に韓国の大宇グループに1,003,000ヘクタールという,この国の耕作地のほぼ半分もの土地を提供するという契約を後者との間に締結したことを知った住民たちは野党とともに抗議活動を開始,鎮圧しようとする軍隊との衝突では約10名の死者と多くの負傷者が出ました.やがて,軍隊が野党側に付いたことで事態は終結.大宇グループとの密約は廃棄され,大統領は国外に亡命するという事態に至ったのです.(このスキャンダルを明るみに出したのは,英Financial Times紙のJavier Blas記者.)韓国も日本同様,必要な食料を海外からの輸入に頼っている国のひとつであり,2007年末から2008年初めにかけての世界的食料不足の折,アルゼンチンやベトナムなどの一次農産物の輸出国が自国の食料確保のために輸出禁止策を講じたことをきっかけに食料生産地を積極的に海外に探すようになったという事情がありました.同様のことは,最近では,サウジ・アラビアなどの湾岸産油国によっても行なわれており,これらの国は特にエチオピアなどの東アフリカ諸国に対して互恵的な関係構築を提案していて,後者に対し,インフラ整備や技術支援,雇用の創出などを約束し,その見返りに自国の食料を生産する土地の提供や,そのために進出する企業に対する税制面での優遇措置を求めています.
外国資本による耕作地の確保およびそこでの農業経営は,アフリカに限ったことではありません.現在,世界の大部分がその対象となりつつあります.例えば,南米のウルグアイもそのうちのひとつです.今や,この国にも外国資本が進出し,広大な耕作地で大豆や食肉牛の生産が行われていますが,過去10年間に外国企業が取得した面積は,国土のほぼ1/3に相当します.ウルグアイの若い農学研究者のGabriel Oyhantçabal氏は,こうした状況が,一次農産物である大豆を輸出し,大豆製品を輸入するという,今日のウルグアイのパラドックスを生み出していると指摘しています.基本的に,外国企業が生産する農産物は輸出を目的としたものだからです.Oyhantçabal氏は,また,これらの企業は雇用の創出を謳い文句にやってくるが,実際にそうした効果があったかは確認出来ないと言っています.
ところで,効率化が至上命題であるこうした外国企業が生産するのは,干ばつなどに強いMGO作物(もともと南米で栽培されている農産物のほとんどすべてはMGO)や成長が早いハイブリッド種の食肉牛です.このような農業経営,すなわち,MGO作物の植え付け,化学肥料の大量使用,そして効率化のための機械による化石燃料の大量消費というビジネスモデルが,小規模農家の経営を破綻させ,生物の多様性を脅かし,ひいては今日の食料危機を招いていると訴えているのが,NGO Grainです.また,同団体のDevlin Kuyek氏によると,農地を使った投機のために使われた資金は,2000年の50億ドルから2007年の1750億ドルへと急増し,それが農産物の国際価格の変動や高騰を招いているといいます.いつまた崩壊するか判らない株式市場を離れた世界の投資資金は,新たな投資先としてより確実で巨大な収益を得られる可能性を秘めていると目される農業へとその対象を移したのです.
最後に,世界食料計画によると,飢饉に苦しむ貧困国の小規模農家の経営を近代化させ,彼らが健康的な生活が営めるようにするために必要な支援金の額は,年間300億ドルだそうですが,これは,世界の軍事予算の2.5%に相当する額です.しかし,今日,豊かな国の中でそうした支援を行う国はありません.
(以上は,ARTEによって3月26日に放送された"Planet à vendre"の内容の一部を再構成したものです.余談になりますが,リポートで取り上げられたKeruturi氏の様子を視ながら,同じくARTEによって先日放送された"GEO - 360°"で紹介されていた,バングラディシュのNGO Friendshipの病院船内に家族とともに暮らし,人々に無料で医療を施しているジェームズ医師のことを思い出したました.インド人とバングラディシュ人.二人とも同じ民族の同世代に属する人たちと思いますが,いろいろな生き方があるものだとつくづく考えさせられました.)
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