Thursday, 19 April 2018

山本元帥戦死地で営まれた慰霊祭

山本元帥の搭乗機の一式陸上攻撃機を撃墜したのはP-38ライトニングですが,サンテクジュペリが最後の偵察飛行の際に登場していたのも同機でした.ただ,後者は丸腰でした.

述 志

  一死君国に報ずるは素より武人の本懐のみ、

豈戦場と銃後とを問はむや。

勇戦奮闘戦場の華と散らむは易し、

誰か至誠一貫俗論を排し斃れて後已むの難きを知らむ。

高遠なる哉君恩、悠久なるかな皇国。

思はざるべからず君国百年の計。

一身の栄辱生死、豈論ずる閑あらむや。

語に曰く、

丹可磨而不可奪其色、蘭可燔而不可滅其香と。

此身滅す可し、此志奪ふ可からず。

昭和十四年五月三十一日

於海軍次官官舎

山本五十六

上記は,米内海相,井上軍務局長と命がけで三国同盟締結に反対していた時期に書かれたらしい元帥の文章.しかし,なぜあのような無謀な戦争を始めてしまったのでしょうか.元帥は,同じ頃,駐米武官として渡米する実松譲(当時少佐)氏に「あさみどりすみわたりたる大空のひろきをおのが心ともかな」と言う明治天皇御製を贈っていますが,そこに込めた思いは一体何だったのでしょうか.

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