Saturday, 11 February 2017

小田原の生活保護担当職員のジャンパーの文言の意味するもの - 宗教心理学的視点に於ける所感

下の朝日新聞の英語版の記事が報じていた文言は以下の通りです.
“We are “the justice” and must be justice, so we have to work for odawara. Finding injustice of them, we chase them and Punish injustice to accomplish the proper execution. If they try to deceive us for gaining a profit by injustice, “WE DARE TO SAY, THEY ARE DREGS!” "
言わんとしていることは必ずしも誤っているとは思えませんが,表現に品位がなさすぎるのは否定できません.特に自治体の職員の行動としては稚拙と言う形容自体が稚拙に思えるほどです.

さて,なぜ彼らは,自分たちの主張を英語で書いたのでしょう.生活保護を受給されている方で英語を理解できる方の割合は,少なくとも受給していない人たちのそれと比べて同等以下だと思われます.そうであるとしたら,生活保護受給者とそうでない人の多くが理解できないように,敢えて英語で書いたと考えるべきでしょう.それは単に幼い行為と言うより,むしろ呪術的な行為に思えます.丑の刻参りを人に見られると,その呪いは呪っている本人に返ってきます.同様に,陰陽道の式神も呪う対象に自分が呪われていると知られてしまうとそれを送った陰陽師に返ってきます.これは,日本の先住民族であるアイヌに限られたことではありませんが,狩猟採取で暮らしていた私たちの先祖が実利的な理由により,自らの猟場,あるいは漁場の情報を他者に漏らさなかったことに由来していると考えられます.そして,こうした,今日では殆ど無意識下に存在していると言ってよい思い込みの現れは,様々な場面で目にします.例えば葬儀で耳にする経文や神官の祝詞に限らず,カタカナで書かれたマンションや自動車の名前等々.良い効果を目指しているにしても,それらの本当の意味は一般には容易く知られないほうが効果があるという'信仰'に基づいていると言っても言い過ぎではありません.

つまり,このような言葉を英語で書いた制服を身にまとうことによって,小田原市の職員は,生活保護受給者の方々を呪っていたのです.まことに非近代的且つ非啓蒙的,さらに言えば卑劣極まりない行為です.彼らは一体いつの時代の人たちなのでしょうか.彼らの行為は幼稚な密教ごっことも言えるものです.しかも,19世紀の中葉,アヘン戦争に於けるイギリスの勝利以降,更に第二次世界大戦後,アングロサクソンによって集団心理的に去勢されたとも言える日本人の英語コンプレックスも背景にあることも見逃せません.英語は日本人にとってマナとも言える,超自然的な力を持つ言霊であると言う信仰の対象となっているので,彼らは無意識のうちに英語で書いたものは,より霊験あらたか,あるいは呪法としての効き目が強いと認識していたのでしょう.

No comments:

Post a Comment