Thursday 29 December 2016

年の瀬にふと思い出した『ノストラダムスの大予言』(東宝, 1974年)の中の西山博士の言葉

以下,国会で総理を含む閣僚他の前で証言する西山博士の言葉の部分引用です.
「… さらにこの上に自然界の異常事態が発生したらどうなる.遠州灘を中心とする東海地方,富士火山のフォッサマグナ帯を始めとして,我が国土はその危険を十二分に孕んでいるのであり,もしその一つが引き金作用となって環境汚染の充満する都市に及べばどうなるか.【地震など各地で発生する自然災害の映像.原子力発電所での爆発シーン等】原子力発電所には,許容安全度というものはあり得ないし,地震に対しても絶対に安全とは言えないのであります.だとすれば,これは言語に絶する公害であり,さらにまた,国連の勧告,人類の悲願にも拘らず,核兵器の全面禁止は国家間のエゴイズムのために一向に実が上がっていない.今後,益々その複雑さと深刻さを増すであろう民族問題,食料不足から来る決定的な飢饉,エネルギー資源の争奪戦などは,常に一触即発の危険を孕み,仮令局地戦であっても,いいですか.たとえ局地戦であっても,ひとたび,もし,ひとたび核兵器が用いられたなら,さらにこれが拡大して,世界戦争になったら… これはあくまでも想像です.誰も見た者はない.見ることもできない.しかし,現在の人間は,このようになる危険と一緒に生きているんです.総理,政治とはなんでしょう.人間を人間として生存させる責任であります.その人間の生存自体が,壊滅の急坂を,今,加速度をつけながら転がり落ちているんです.神仏の心による大決断を,私は総理に祈りを込めてお願い致します.」
映画では,1999年に世界を巻き込んだ核戦争が起きる筋立てになっています.
おまけとして,博士の後の総理の発言の部分引用:
「... 我々政治家は,長い間,皆さんにこう言い続けてきました."我々を信頼し,支持してくれ.必ず,より良い,より豊かな生活をお約束しますと." そして,一億以上の人間がひしめく,この狭隘な日本列島に驚くべき高度成長社会を築き上げてげて参りましたが,その上で得たものはなんであったか.恐るべき社会生活の破綻と救いようの無い精神の荒廃であります.しかも,我々は今日の欲望のために膨大な地球資源を乱費し,自然を破壊し続けて参りました.しかし,自然を破壊する前に,まず人間が破壊されるという,このあまりにも明白な事実を,今日ようやくにして我々は学び取ることができました.その恐れを忘れていた我々政治家の傲慢さと愚かさをここに深くお詫びいたします.しかし,今からでも決して遅くはないと思います.私は,仮令世界の終末が明日訪れようとも,なおかつ日本の苗木を大地に植え付けたい.我々に必要なのは,勇気であります.今こそ,全人類は物質文明の欲望に終止符を打たなければならない.さもなければ,欲望が人間生存に終止符を打つであろう.この事実を正しく認識し,全世界の人々と一緒になって,同じ窮乏生活に耐えてみせる,その勇気であります.見通しは余りにも暗く,殆ど絶望的でさえあります.しかし,この現実の中でこそ,本当に人間を愛し,人間を信じ,本当の意味の人間讃歌の歌声を上げることができるのではないでしょうか.後の世代の人々をして,彼らは真に勇気ある人間であったと語り継がせるため,我々は真の勇気をもって,今迄の価値観を根底から覆し,人間生存の新しき戦いに出発しようではありませんか.政治だけではない.一人一人の人間の心の問題として,この最も苦断な戦いを,全世界の人々と一つになって戦い抜こうではありませんか.」
ところで,上記首相の演説の中で示唆されているマルティン・ルターの言葉とされる"WENN ICH WÜSSTE, DASS MORGEN DIE WELT UNTERGINGE, WÜRDE ICH HEUTE EIN APFELBÄUMCHEN PFLANZEN!"(「明日世界が滅びようとも私は林檎の樹を植える」 )ですが,この言葉が彼の口から出たものとして初めて引用されたのは1944年のことでありました.(似たような例として,ある尼僧が書いたサンテグジュペリの祈りがあります.が,こちらは,始めから彼の作ではなく,彼の精神を反映させた祈りと但し書きが付されているので,かたりなどではありません.)

なお,この作品の前に公開された東宝のSF映画としては『ゴジラ対ヘドラ』(1971年),『日本沈没』(1973年) があります.特に前者に於ける若者の描かれ方には『ノストラダムスの大予言』でのそれとの共通性が感じられます.(脚本家は別.) さらに時代を遡ると,60年代末には円谷プロとTBSが製作した『怪奇大作戦』が放送されています.(1968年9月15日 - 1969年3月9日, 全26話) そういえば,1974年に流行したものと言えば,ノストラダムスの他にユリゲラーと言う人が日本に来て広めた(全く何の役にも立たない)スプーン曲げがあります.

さて,ノストラダムスに話を戻すと,父方の祖父はキリスト教に改宗したもののユダヤ密教カバラの専門家だったと伝えられています.もちろんノストラダムスもその名前(Our Lady=聖母マリア)から判るようにクリスチャンです.彼がその人生の後半を過ごしたサロン・ド・プロヴァンスでは,助言を請いに彼の元を訪ねた国王アンリ2世王妃カトリーヌ・ド・メディチと彼の会見を記念して,毎年6月の終ごろに素敵なお祭り('Reconstitution historique')が開催されます.サロンは,個人的にフランスで最も好きな村で,丁度各有名観光地の真ん中辺に位置しているため,プロヴァンス巡りには最適の場所.こちらのでの宿泊にはHotel Selectをお薦めします.(予約の際,あるいはチェックインの折,このブログを読んだと一言おっしゃってみてください.)

そして,この作品を観たから述べるわけではありませんが,以前に公開した『シン・ゴジラ』を観ての感想に加えさせていただきたいことがあります.この作品は観るだけ時間が損と感じた理由を,当初,単に世代が違うことと,自分の中で第一作(1954)が神格化されてしまったためと思っていましたが,最近,そうでもないのではないかと思うようになりました.つまり,前者のつまらなさの主な理由のひとつに,その脚本があるのではないかということです.もっと言えば,それを書いた方(監督)が,昔の東宝のSF映画の脚本を手がけた人たち,そして当然監督たちに比べて残念ながら脚本を執筆し,監督する能力に於いて,少なくともこの種の作品を担当する限り劣っている,あるいは,属する世代からして当然ですが,先輩たちのような素地を持っていないと言わざるを得ないということです.過去の東宝のSF映画に『シン・ゴジラ』を比較した場合,最も劣っているものといえば,それは迫力です.そして,その迫力とは,当然,登場人物たちの吐く台詞の内容がその鍵です.実は,他社でも事情は同じと思いますが,東宝のSF映画創成期の脚本家にしろ,監督にしろ,皆,戦争を身を以て体験していたのです.『ゴジラ』の脚本家村田武雄,監督の本田猪四郎(村田と脚本を共同執筆),また『海底軍艦』始め,多くの作品の脚本を執筆した関沢新一にせよ,兵員として,あるいは従軍カメラマンとして本当の戦闘を見ている,そうであったからこそ,例えば関沢は,『海底軍艦』の中で神宮寺大佐と楠見元少将との間の斯くも迫力ある対話を創り上げることができたし,また,他の同様な経験を持っている脚本家達も観る者の心に迫る言葉を綴ることができたと思うのです.

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