Saturday 19 September 2015

安全保障関連法可決について - 備忘

日本が,今のようになってしまうきっかけを作った,いわば日本の歴史に於けるラプラスの魔は何だったのだろうか.

明治政府にとって頼みの綱は,アメリカではなくイギリスだった.鹿児島藩は薩英戦争でこてんぱんに負かされており,長州藩も馬関戦争で同国の圧倒的な軍事的有利を身をもって体験した.その結果,イギリスとの関係が親密化した両藩は,明治維新前にイギリスに留学生を派遣し,積極的に同国の文明を導入した.(尤も,政治制度に於いては,イギリスのような議会制度ではなく,むしろプロイセンのそれを導入したが.なお,明治政府による海外からの技術,制度導入は,選択型とも呼ぶべきもので,例えば,医学に於けるお手本はドイツだった.こうした明治政府の欧米列強からの文明の導入,さらに言えば,新国家の建設にあたり顧問の役を演じたのは,アメリカのオランダ改革派教会から派遣された宣教師フルベッキ(Guido F. Verbeck)だった.)

日清,日露の戦争は,日本が必要とした軍艦の建造や金融など,あらゆる分野でのイギリスからの支持及び支援無くしては不可能な事業だった.

やがて,日本は対アメリカ及びイギリス戦に踏み切った.アメリカが第二次世界大戦への参戦に踏み切った要因は日本軍による真珠湾攻撃だけではないが,当初,規模的にルーマニア軍にすら劣り,また,ヨーロッパ戦線に於いては,到底使い物にならないと英国軍指揮官たちから酷評されたアメリカ軍は,第二次世界大戦の成り行きを決定させるにまでに成長したが,増加し続ける軍需に後押しされた同国の工業をはじめとした各産業もまた然りで,アメリカの戦後に於ける世界のスーパーパワーとしての地位を揺るぎないものとした.

アメリカは,全世界に軍事基地を置き,それによって世界の秩序を維持していると単純に信じていて,その世界の秩序(正確に言えば,第二次世界大戦後の世界の秩序)揺るぎそうになると,自らの存続が危ぶまれる状況と判断し,軍事介入を行うと言うルールによって支配されている.(とはいえ,アメリカ国民は,こうしたルールの支配に疲れ切っているようだが.)

現在,アメリカ政府は,アジアに於いては,中国が勢力拡大を図る南シナ海を巡る情勢,そして,ユーラシア及び中東(とりわけシリア)に於いては,ロシアの動きに神経を尖らせているが,後者はアサド政権を存続させるだけに止まらず,これまでのアメリカ及び西側諸国によって確立した中東の秩序を自らにとって有利なものへと変えるべく,シリアに於ける軍事介入を開始した.

日本は,現行の世界秩序が崩壊の危機に瀕した場合,正確に言えば,アメリカがそう判断した場合,それを維持すべく同国の軍事行動に自動的に参加する意思を表明したわけだ.世界のあらゆる場所に於いて.

そして,今回の国会決議により,自民党が'自主'的に制定したいと言っている新憲法が,「アメリカから押し付けられたもの」ではなく,アメリカにとって極めて都合の良い内容の憲法,すなわちアメリカに無条件且自主的に隷属する国にとって必要な憲法となることも理解できた.靖国神社は,こうした実態をカモフラージュするために用いられる,いわば隠れ蓑であることも.

靖国神社で思い出したが,日本は憲法解釈のみならず,時代を遡れば神話ですら政権が自らの権力基盤の正当性を導くために自由な解釈を行っている.例えば,天照大御神の絶対的権威の基礎となっている神話の解釈がそれである.明治政府は,顕界(この世)は天照大御神の支配下にあるが,冥界を支配しているのは大国主命であるとする出雲神学の神話解釈を否定し,両界とも前者の支配下にあるとした.もちろん,自らの権力の基盤となる天皇の権威を絶対的なものとするためであることは言うまでもない.しかし,神道は,こうした政府による自由な神話解釈に対して抗うことはない.それは,自然災害の百貨店とも言える日本列島において確立した自然宗教として,適者生存がその根幹を成す教義だからである.

鈴木貫太郎は,日本が対英米戦に踏み切る前に「この戦争に勝っても負けても,日本は三等国に成り下がる」と言っていたと,以前,阿川弘之著『米内光政』で読んだのを思い出した.

もし,日本が自らの歴史に於いてラプラスの魔による支配から逃れることができるとしたら,所属自治体,州,国の各レベルに於いて毎年合計5回程度の住民投票が行われ,場所によっては,直接民主主義(Landsgemeinde)が実施されているスイスと迄は行かなくとも,近代市民としてのある程度の自治意識の発達が起きた時点のこととなるだろう.果たして,その日が来るかどうかは知るすべも無いが.

今後,戦地へ派遣される自衛隊員の命より,海外に滞在する邦人がDaechといったテロ集団に狙われる可能性が高くなったことは事実だろう.イラク戦争中,現地へ赴いた香田証生さんが拉致され殺害され,また,最近ではシリアで湯川遥菜さん、後藤健二が同様の被害に遭った.しかし,今後は,少なくとも下の色のついた地域に於いて,同様の被害に遭う邦人が増えることも覚悟しておかなければならない.集団的自衛権行使の前提は,日本および同盟国へ対する攻撃であり,あくまでも従来型の戦争を想定している.しかし,今回の国会決議で日本が世界(含イスラムを名乗るテロ集団)に対して表明したのは,キリスト教原理主義者たちのロビー活動でイスラエルを支持するアメリカとより強固な軍事協力を行うという宣言であったこと,そして,そちらのほうがより恐ろしい結果を招く公算が極めて高いということである.つまり,前述した二件の邦人殺害事件に類似した事件はもちろん,2013年のアルジェリアのガスプラントに於ける邦人殺害事件のようなものも増加することも覚悟しておかなければならない.もちろん,日本の原子力発電所がテロの標的となることについても,そのための前提が整ったこととなる.
 
黒; Daechの本拠地; 茶: Daechに忠誠を誓い,Daechからの承認を得たテロ集団が存在する地域; Daechに忠誠を誓ったが,未承認のテロ集団が存在する地域 (Cf. Daechに忠誠を誓い,Daechから承認を受けた組織)

以下,改めて思い出した米内提督の論文の文章.

凡そ歴史的大事件といふものは、その客観的意義と主観的意義との間に大なる開きを有するもので、しかも革命の時ほどその開きの大なるものはない。平 和の時代に於ける歴史は、極めて緩漫に萬人の目の前に展開され、統計とか告示とかいふ温順な『聖衣』を着て居るが、いざ革命となると歴史はソフィストヘル の『法衣』に着換ゆる。卽ち政治の常道は無くなり、目的と手段との釣合が取れなくなる.しかもこの魔性の歴史は人々の脳裏に幾千となく蜃氣樓を現は し、又その部分部分を切り離して、種々様々に之を配列し、又自らは姿を晦まして置いて、所謂時代政治屋を操り、一寸思案してとこの人形政治屋に狂態の踊を 舞らせるのであるが、彼等は斯る踊こそ自分等の目的を達することの出来る見事にして且つ荘重なものであると思込んでしまう。斯くして魔性の歴史は人々を歩 一歩と思ひも寄為ぬ險崖に追詰むるのである。然し荒れ狂ふ海が平穏におさまれる時の如く、狂踊の場面から静かに醒めて来ると極端なものでも穏健なもので も、又反動主義者でも自由主義者でも又革命者でも反革命者でも誰れでも彼れでも、彼の狂踊の場面で幻想したこと現實の場面で展開されたことは、まるっきり似もしない別物であることに氣附き驚異の目を見張るのである。

米内光政 『露國革命の論理(内戰と外交關係に就いて)』(『外交時報』昭和2年6月1日号所収)より
新聞に「バスに乗り遅れるな」のスローガンが溢れていた1940年,内閣総辞職により,当時首相に就任していた米内提督も辞任し,海軍首脳部も締結に同意したことで,結果的に三国同盟締結に至ったことは知られていますが,その歴史を思い起こさせる今回の国会決議でした.

下は,今回の国会決議を伝えるLe Mondeの記事:
同じく,シリア危機に於ける米ロ関係の緊張化を伝える記事:
さらに,ロシアは戦車のみならず,戦闘機もシリアに配備し,地上部隊の投入も辞さない姿勢を占めていると伝える記事.

下は,SPIEGEL,スイス放送,BBC, The Guardian,NYTの日本の国会決議を伝える記事:




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