Sunday 11 August 2013

肉食が人類と地球にもたらしているもの

先日,ARTEで放送された"Adieu Steak!"というドキュメンタリー番組の内容からいくつか印象に残ったことを紹介します.
  • EUの食肉生産に脅かされる南米やアフリカの発展途上国の環境,経済,市民の生存権

    今や,欧州連合は世界に冠たる食肉生産地.ドイツでは毎年一人当たり平均で70kg,フランスでも60kgの食肉が消費されていますが,それを超える毎年4200万トンもの食肉が域内で生産されています.それを可能にしているのは,まず,毎年のEUの予算の実に40%にあたる農業助成金の600億ユーロ.(2010年度)そして,ブラジル,アルジェンチン,パラグアイなどから低価格で輸入される飼料,さらに,効率を最優先にして,徹底的に合理化された生産設備です.

    このうち,発展途上国に問題をもたらしているのが,南米における輸出用飼料の栽培です.1kgの肉を生産するには16kgの飼料が必要ですが,例えば,パラグアイでは,粉末にして飼料にされる大豆の栽培が盛んです.輸出用大豆の栽培を手がけているのはブラジル,アルジェンチン,ドイツなどの外国資本.それらは,広域にわたる農耕地で遺伝子操作により農薬に対し耐性を持った大豆を栽培しますが,大量に散布される農薬は環境を汚染し,周辺地域では奇形児の出産の増加が医療機関によって報告されています.また,これらの外国資本によって行われる農耕地の取得は,結果として貧しい農家を住んでいた土地から追い出しています.追い出された人々が住める場所といえば,いつ追い出されるか知れないキャンプか,都市のスラム街くらいです.

    同じく発展途上国であるガーナやベナンなどのアフリカの国々では,EUから輸入する安価な食肉により国内経済が打撃を受けています.2003年,ガーナは国内の生産者を保護する目的で鶏肉の輸入関税を引き上げようとしましたが,国際通貨基金から,関税を引き上げた場合,今後の融資はできないと言われたため引き上げを断念しました.また,ベナンは2010年,3000トンの鶏肉をEUから輸入しましたが,その大半がナイジェリアへ密かに運ばれ,闇市場で売られました.ナイジェリアは,EUの食品を受け入れていないからです.ナイジェリアに運ばれる際,鶏肉は新鮮に見せるために猛毒のホルマリンに浸けられたそうです.

  • 中国で医師たちが危惧する食肉による循環器系疾患の増加

    国内総生産では日本を抜き,世界第二位となった中国.もはや準先進国と言ってよいでしょう.その中国で問題となっている肥満ですが,現在,大人三人のうち一人は太り過ぎと言われているそうです.その原因の一つと考えられているのが,食肉の消費の増加です.1980年の統計によると,当時,中国では一人当たり年平均で14kgの肉を食べていましたが,今ではその4倍もの量を食べており,特に大都市における消費量はヨーロッパの都市部におけるそれと同じ程度といわれます.そして,2017年には,それがさらに2倍に増えるだろうと予測されています.こうした食肉の消費量に比例して増えているのが,高血圧,糖尿病などに悩む人の数です.Fuwai病院のGu Dongfeng医師によると,現在,中国では2億人の人が高血圧症であり,肥満,糖尿病の人口も急激に増加しているといいます.同医師によると,今後20年間で2100万人が心臓病などの循環器系疾患に罹り,その1/3がそれらの病気が原因で死亡するだろうとのことです.実は,上で紹介したアフリカの国々同様,中国もEU産の食肉の輸入国なのです.

  • 抗生物質に耐性を持ったウィルスの危険

    現在,EU域内で飼育されている食用の家畜の80%から95%は,屋内の飼育設備で一生を過ごします.そこでは,衛生管理が行き届かないケースがしばしばあり,ウィルスに感染する確率も高くなります.病気に感染した場合,抗生物質が投与されますが,抗生物質が大量に投与されることで抗生物質に対して耐性を持つウィルスも生まれます.こうしたウィルスが食肉を媒体として人体に取り込まれた場合,それによる発病は抗生物質が効かないため治療する事ができません.そのために死亡する患者の数は,ドイツでは年間15000人にのぼるそうです.その他,肉の過剰摂取は通風,リューマチ,ガン,糖尿病の原因とされていますが,世界で増え続ける肉の消費量に比例する形でこうした病気も増加すると考えられます.なお,抗生物質は,家畜を太らせるためにも投与されています.

  • 家畜の飼育による環境汚染

    家畜を飼育する事が,直接,環境汚染を発生させているという報告もあります.ひとつは,堆肥の大量使用による地下水の汚染.農地の土壌改良のために散布される家畜の堆肥の硝酸塩が地下水に溶け出した結果,現在,ドイツでくみ上げられている地下水のうち1/3は過度の硝酸塩を含んでいるといわれます.自然の中の美しい小川も付近が耕作地の場合,要注意です.番組中,オランダ国境の近くで行われた湧水の水質検査の様子が紹介されていましたが,そこで採取された水は通常の18倍もの硝酸塩を含んでいました.硝酸塩は,発がん性物質を生成させる化学物質です.

    もうひとつは,家畜が放出するメタンによる大気汚染です.二酸化炭素よりはるかに高い温室効果をもたらすメタンですが,世界で大気中に排出される量の30%が牧畜などの農業活動によるもので,そのうちの75%が家畜から排出されています.そのため,ある専門家は,もしすべての人が日曜日にしか肉を食べなければ,大気中のメタンの量は20年前のものに戻るだろうと言っています.現在,多くの研究者が,飼料を変えることで家畜から排出されるメタンの量を減らすことができないかと研究を続けていますが,ドイツのロストックにある家畜生物学研究所(Lebnitz-Institut für Nutztierbiologie)の研究者によると,根本的な解決策としては家畜の絶対数を減らすしかないとのことです.

  • 動物保護の立場から提起される問題

    どのみち殺されるのだから,別に問題にするには及ばないと思われる向きもおありかもしれませんが,ユダヤ・キリスト教文化圏のヨーロッパだからこそ提起される問題かも知れません.この分野でも二つ問題が紹介されていて,ひとつは家畜たちが一生を過ごす飼育設備の劣悪な環境です.単位面積当たりの飼育密度が高く,一頭が病気に感染するとたちまち全体が感染の危険にさらされます.それがまた,抗生物質の多量投与の原因にもなるのです.掃除が殆どされず,死体も放置されたままなど,ケージ自体が不衛生であるケースもしばしばあります.

    もうひとつは,と殺の際の苦痛です.例えば,フランスでは法律上,と殺の際には家畜は意識を失っていなければならないとされています.唯一の例外は,宗教上の儀式におけると殺です.つまり,と殺される前に家畜は適切な方法(感電や脳を損傷させるなど)により失神させなければならないのですが,ある専門家は,フランスでと殺される家畜の1/3がと殺される途中で意識が戻ってしまっているといっています.これらの問題を提起しているのが,フランスではL214,ドイツではBundPETAなどの団体です.そういえば,本番組には家畜のと殺や解体を行っているCharal社の施設内部においてL214のメンバーが隠しカメラによって撮影したかなりショッキングな映像が含まれていて,それによってArteは同社によって提訴され,係争中であるとのテロップが冒頭に映されていましたが,そういう場合でも向こうのTV局は問題となっている映像を堂々と流すのですね.日本では考えられないと思うのですが.*1)
最後に,番組の途中でしばしばコメントを加えていたLe Point誌の記者Christophe Labbé氏ですが,Vive la malbouffe, à bas le bio !  という本の共同執筆者でもあります.本ドキュメンタリーもこの本の内容に沿っているようです.(Amazon.frなどで購入可能.)

以上が番組の内容のメモですが,まさにグローバリズムの弱肉強食の実態の見本を見せられた気分です.ようするに,まず自分たちの健康を守るために,そして,発展途上国の人々を守るために,最後に地球の環境を守るために肉食はあまりお勧め出来ない習慣といえそうです.


*1) どこで撮影されたものか不明ですが,このような動画も配信されています.(番組とは関係ありません.)いくら殺されるために飼育されているといっても,こんな扱いをされたら豚も気の毒です.宮沢賢治の『フランドン農学校の豚』を思い出しました.

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