Tuesday 13 March 2018

ユダヤ人迫害を描いたもので大いに笑った映画と感動した映画

笑った映画は,1998年公開の"Le train de vie" (英題"The Train of Life".フランス,ベルギー,オランダ合作.他にルーマニアとイスラエルが協力.)でフィクションです.(それでも第二次世界大戦中にルーマニアなどで実施された船や鉄道を用いてのユダヤ人たちのイスタンブールへの逃避行からヒントを得ています.) 監督はルーマニア生まれでフランスで活躍するラデュ・ミへイレアニュ.そして,音楽は『ジプシーのとき』などで素晴らしい作品を残しているサラエボ生まれのゴラン・ブレゴヴィッチ.(東宝の特撮映画における伊福部昭同様,東欧やバルカンを舞台にした喜劇映画にはなくてはならない作曲家.) 日本では未公開のようなので,こちらもやはりフランス語を知っていてよかったと思った映画です.(オリジナルバージョンはフランス語) ヨーロッパの歴史,鉄道,蒸気機関車,ユダヤ文化とジプシー文化,そして特に両者の音楽(クレズマー)に興味を持っている方は必見の映画だと思います.そして,とにかく笑いを求める方は.特に気持ちが沈んでいるなどには元気と生きる勇気が湧いてきます.(IMDbのレーティングでは7.7ですが,個人的には少なくとも9,そして,⭐️⭐️⭐️⭐️をつけたい作品.)

登場するのは,東欧(おそらくルーマニアの東部あたり)の架空の小村の村人たちで,全員が純正統派ユダヤ教徒.(例えば,長老のラビは,自分たちの乗った列車が単線区間を走行中,反対方向から走行してくる列車が衝突直前で,そこで分岐する別の線路へ進みトンネルへ入り,衝突が避けられた時,神に「斯くも短い間にトンネルをお堀りくださったことを感謝します.」と言う祈りを捧げるほど信心深い御仁.) 時は,ナチスドイツによるユダヤ人迫害が各地で進みつつある1941年.彼らは,迫りつつある危機から逃れるために偽のユダヤ人輸送列車を仕立て,全員でそれに乗り込みパレスチナを目指すという奇想天外な計画(村全体の夜逃げ)を立て実行に移します.なお,機関車は中古のおんぼろ(プロイセン国鉄P8と同形の機関車.走行シーンに登場するのはルーマニアで製造されたルーマニア国鉄機230299)で,それを運転するのは,鉄道省に勤めるユダヤ人の若い高級事務官僚のシュトルル.運転の経験など全くないものの,機関士になることが夢だった彼はひたすらマニュアルを読みながら運転します.しかも,同時に投炭もしながら.ラストのシュロムのエピローグの語りによると,彼は中国まで旅を続け,そこで小さな駅の駅長になったそうです.

映画に登場するものと同じP8.同形式の2015年現在の動態保存機の所在については,こちらのページをご覧下さい.なお,P8形は高性能で扱いやすかったため,多数が製造されました.軸配置はやや異なりますが,日本の国鉄8620形に相当するかもしれません.そして,前者の後継機が,ドイツでは珍しいプレーリーの23形で,後者の後継機も同じくプレーリーのC58形でした.
そして,映画に実際に登場したルーマニア国鉄の230 299の写真.映画の公開が1998年9月16日なので,当時は現役.現在はテジ(Dej)駅で静態保存されているようです.
この映画の中では,これでもかと言わんばかりに,悲しいにつけ,楽しいにつけ踊るユダヤ人たちの姿が描かれますが,特におかしかったのが,将校に扮した村人のモルデカイ(材木屋の親父.演じるのは『アメリ』のお父さん役Rufus.)が,さらに将軍に扮装してドイツ軍駐屯地に拘留されている村人のリレンフェルト(仕立て屋の親父. 演じたのは子供の頃,実際にナチスの迫害を経験したZwi Kanar)を救い出し,駅でドイツ軍部隊の見送りを受けるシーンで,列車が発車する際,ホームに整列するドイツ軍兵士が司令官が発する「ハイルヒットラー」に続き「ハイル,ハイル,ハイル」と連呼しますが,その次のカットで偽の輸送列車内で「ハイッ,ハイッ...」と叫びながら踊って喜ぶユダヤ人たちの姿が映るというモンタージュには大いに笑わされました.さらに,モルデカイが客車に乗り込む際,客車につけられたハーケンクロイツに指を触れ,その指で唇を触れる仕草が見送る司令官を驚かすシーンも滑稽です.(ハーケンクロイツの下にユダヤ人の家の門柱などに見られるお守りのメズーザーが取り付けられているため.同じものは各貨車の扉の脇にも取り付けられていて,号車番号はそれを隠すように取り付けられているため,すべて斜め.) また,シャバト(ユダヤ教の安息日,つまり土曜日)が始まる金曜日の日没時に列車を降りて村人全員で礼拝を行うシーンで,その様子を線路の爆破を企てる共産主義レジスタンスグループが遠くから観察し,当初は処刑される前にユダヤ人たちに最後の礼拝が許されたと思うのですが,ドイツ軍兵士に扮装した村人たちもヘルメットをかぶり軍服を着たまま上体を前後に揺らすのを見て,「彼らはナチスなのか,ユダヤ人なのか,それともユダヤ教信者のナチスなのか」と混乱する様子も笑いを誘います.その他にも笑いへ導く伏線も絶妙に張り巡らされていて,例えば,モルデカイはドイツ軍将校に成済ますため,出発前にドイツ語に長けたイスラエル(長老の奥さんの従兄弟でスイス在住の高名な作家)から正しいドイツ語の発音を覚えさせられますが,そのとき彼が苦労していたのが"freundschaftliche Beziehung"(親密な関係)と言う言葉の発音.そして,実際にナチスの将校と交渉する際にこの言葉を使うことになるのですが,同じく将校の扮装をして彼に同行したドイツ語の指南役が,モルデカイが「フロイントシャフトリッヒェ ベチーウング」と発音するときに彼が間違えないようにと一緒に口を動かしたり,また,くすぐりも,ドイツ軍兵士に扮した村人たちの一人が,ヒットラーを意味するドイツ語の「フューラー」(Führer)と言う言葉を正しく発音できず,やはりドイツ語で「間違い」(error)を意味する「フェーラー」(Fehler)と発音したり,例を挙げればきりがありません.加えて,犬たちもくすぐりの小道具として活躍.(強いて言えば,笑いを生み出す仕組みは,本質的に落語の『今戸の狐』や「百川』,そして『花見の仇討ち』などに似ています.) その一方で,礼拝で祈りを捧げる際,ドイツ軍兵士役の村人たちがヘルメットを外さずキッパをかぶらないことに腹を立てた長老と,そんなことをして,もし本物のドイツ軍に見つかったらたいへんなことになると言う将校役のモルデカイの間で一悶着が起こるなど,地上に於ける自らの命を守ることと宗教上の掟を守ることとの折り合いをつけることのむずかしさも描かれています.そして,ラストシーンは,観るものの胸に悲しい歴史の事実を呼び覚まして終わります.

ナチスドイツを風刺した映画としては,チャプリンの『独裁者』がありますが,ヨーロッパに混在する言語,宗教,文化,思想,人種などの要素を巧みに組み合わせて笑いを生み出しているこの作品は,また別の趣のある極めて優れた風刺映画と言えるでしょう.あるいは,映画と言う芸術が創造しうる人種,宗教,思想による差別,迫害へ対する最も強力な批判であり,また,それらを乗り越えるものは唯一普遍的人類愛であることを教えてくれる名作でもあると思うのです.

下の写真は,ラビの息子ヨッシらと共に共産主義思想にかぶれ,彼らと一緒に列車から抜け出したものの森の中で道に迷ってしまい,そこで本物のドイツ軍に捕えられた仕立て屋(Zwi Kanar)を,ナチス将校に扮装したモルデカイとイスラエルが,彼が拘束されているドイツ軍の駐屯地に出向き救出するというシーンですが,少佐に扮したイスラエルが,引き出された仕立て屋の肩を掴み彼に怒鳴ります.このシーンの演出は,Zwi Kanarが少年時代に実際にドイツ軍に捕らえられた際の経験に基づくものです.


さらに詳しいデータは,こちらから.

なお,作品中で使われた音楽については,サウンドトラックのCDは販売されていないようです.ただ,物語の比較的はじまりに近いあたりで,偽列車を仕立てることが決まり,村人たちが,それぞれ準備を始めるシーンで流れるのは,"Tantz Tantz Yidelekh",また,エンドクレジットにも記されていますが,火を囲み村人たちとジプシーの人たちが踊るシーンで,その皮切りとなるジプシーのバイオリニストの演奏は"Balada Conducatorolui",そして,ラストに近いシーンで,炭水車の機関室側の端に長老家族を中心にしてモルデカイ,ジプシーの長老,そして,将校に扮装したジプシーの偽ドイツ軍将校たちが座り,列車の進み行く先を見つめるシーンでは,"My Yiddishe Mamme"が,それぞれアレンジされて使われています.

そして,感動した映画は,2010年公開の『黄色い星の子供達』(日本での公開は2011年)で,こちらは史実を忠実に再現したもので,言わばノンフィクションです.
この作品の中で特に感動したのは,1942年7月16日,一斉拘束を受けたユダヤ人たちが収容された屋内自転車競技場のあるパリ18区消防隊のピエレ隊長と彼の部下たちが,武装警官の制止を振り切って,収容されたユダヤ人たちへの水の補給するシーンです.続いて,ピエレ隊長は,収容された人々からユダヤ人の友人知人たち宛の多くの手紙を託された隊員たちに,次の日を休日として与え,それらの手紙を宛先へ届ける作業を指示します.こうした彼らの活動により少なくない人数のユダヤ人が迫害を逃れることができました.(詳細は下のリンク先でご覧ください.)

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