家族,特に母親が熱狂的な忠臣蔵ファンであったためと思いますが,子供の頃から忠臣蔵と聞くだけで嫌悪感を覚え,大人になってからというものは,単に特定の個人を標的にしたテロ行為と言う理解をしていました.しかし,来年耳順を迎える年齢となり,改めて『赤穂浪士』(東映; 1961年; 原作: 大佛次郎; 監督: 松田定次; 制作: 大川博; 音楽: 富永三郎)の映画を観た折に初めて気づいたことがありました.
ひとつめは次の疑問への回答です.すなわち,赤穂浪人たちによる討入りはテロでしかないと言う固定概念のせいか,ドレフィス事件など,社会の不正を描いた大佛が,このような事件を作品の題材にすることには得心がゆかなかったのですが,この映画(子供の頃から,親と一緒に何度も見せられました) を改めてみると,柳沢吉保に代表されるように当時は正に贈収賄によって政治が動いていた時代,その批判が随所に描かれていることに気づきました.実際,映画における事の発端も,そうした不正を行う政治家たちに追従するを潔いとしなかった浅野内匠頭の信条を最大の要因としています.
また,赤穂浪士たちが吉良邸に乱入した知らせを聞いた上杉家では,上野介の実子であり長男の米沢藩主上杉綱憲(つなのり)が,自ら槍を携え本所松坂の吉良邸に父親の救出に向かおうとするのを槍で突かれるのを覚悟して阻止する際の江戸詰家老千坂兵部の言葉の中に「恐るのは正義云々」という下りがありますが,この台詞により,赤穂浪士たちの目的は,単に主君の遺恨をはらすためではなく,まつりごとがことごとく贈収賄によって決定され,裁判も正当な手続きを経ずに判決がなされるといった社会正義の不在を断罪するためだったと知らされます.もちろん,であるからと言って,あのような事件を起こす事が許されるか否かは別の議論であることは言うまでもありません.
ふたつめは『鞍馬天狗』との共通性.前者には鞍田典膳,すなわち鞍馬天狗,そして後者にも堀田隼人(大石内蔵助の甥)と言う架空の人物が登場します.作中,堀田には特に政界における贈賄の慣習を批判する役目が与えられています.その点も徳川政府に対する批判に基づいて行動する『鞍馬天狗』に共通しています.
ひとつめは次の疑問への回答です.すなわち,赤穂浪人たちによる討入りはテロでしかないと言う固定概念のせいか,ドレフィス事件など,社会の不正を描いた大佛が,このような事件を作品の題材にすることには得心がゆかなかったのですが,この映画(子供の頃から,親と一緒に何度も見せられました) を改めてみると,柳沢吉保に代表されるように当時は正に贈収賄によって政治が動いていた時代,その批判が随所に描かれていることに気づきました.実際,映画における事の発端も,そうした不正を行う政治家たちに追従するを潔いとしなかった浅野内匠頭の信条を最大の要因としています.
また,赤穂浪士たちが吉良邸に乱入した知らせを聞いた上杉家では,上野介の実子であり長男の米沢藩主上杉綱憲(つなのり)が,自ら槍を携え本所松坂の吉良邸に父親の救出に向かおうとするのを槍で突かれるのを覚悟して阻止する際の江戸詰家老千坂兵部の言葉の中に「恐るのは正義云々」という下りがありますが,この台詞により,赤穂浪士たちの目的は,単に主君の遺恨をはらすためではなく,まつりごとがことごとく贈収賄によって決定され,裁判も正当な手続きを経ずに判決がなされるといった社会正義の不在を断罪するためだったと知らされます.もちろん,であるからと言って,あのような事件を起こす事が許されるか否かは別の議論であることは言うまでもありません.
ふたつめは『鞍馬天狗』との共通性.前者には鞍田典膳,すなわち鞍馬天狗,そして後者にも堀田隼人(大石内蔵助の甥)と言う架空の人物が登場します.作中,堀田には特に政界における贈賄の慣習を批判する役目が与えられています.その点も徳川政府に対する批判に基づいて行動する『鞍馬天狗』に共通しています.
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